どうしても意識してもらいたいテーマなので「そんなデザイナの仕事は海外に奪われる」というタイトルにしたかったが、過激すぎると思って。
デザイナとオペレータ
上から指示されて部分的なデザイン作業、コーディング作業だけをしているデザイナさん。それは「デザイナ」ではなく、Illustrator/Photoshopといったソフトウェアの「オペレータ」という職業だ。
もちろん100%のデザイナ(まったく手を動かさない)もいなければ、100%のオペレータ(まったく頭を使わない)もいない。両者の比率の問題だ。
あなたは何パーセントのデザイナだろうか?
デザイナとオペレータ。その違いが明確になってくる。そういう仕事は大勢として海外に奪われつつある。意地悪で言っているわけではない。進行中の現実だ。
XHTMLized, XHTMLCSSといったサービスを見てほしい。こういうサービスをベトナム、フィリピン、インドなどでオフショアリング(国境を越えたアウトソーシング)として日本国内の5分の1の値段で提供する企業が出てくるのは、時間の問題だ。日本語の問題?現地の大学で日本語を教えている。
今に始まったことか?
気づいているだろうか?
すでに日本国内でも何十年も続いていることに。
トップのデザイナ、アート・ディレクタは、自分の仕事の100パーセントを自分の手で作っているだろうか?
違うだろう。佐藤可士和氏、佐藤卓氏、深澤直人氏をみてみればいい。トップランナーは、みんな事務所を構え、人を雇っている。
彼らは部下・助手に部分的な作業の指示を出して、自分は全体をコントロールしつつ、同時に、自分にしかできない「頭を使う仕事」の配分を増やしているだろう。
彼らが手を動かすのは「考えるために」動かしているにすぎない。結局は「考える仕事」をいかに100パーセントやり遂げるかを考えている。その結果として、「自分でやらなくてもいい作業」については、部下に指示してやらせている。
※誤解を避けるために補足しておく。一流クリエイターの事務所で働くスタッフは、やはり優秀な人が多いだろう。彼らも将来は独立を目指して修行していたり、個人タレントとして立つよりチームワークのサポート役が性に合っていたりする、という場合もある。単に「才能が足りない」といった結論にしたくはない。そういった人たちは、すでにこの文章で述べる「海外に仕事を奪われうるオペレータ」ではないのだ。
オペレータの価値破壊
これに気づいていただきたい。
「指示された部分だけをこなすデザイナ(オペレータ?)」
「日本企業のデザイナに指示を受けて部分的な作業をこなす海外のオペレータ」
やっている仕事が、ほとんど同じだということに。
そして、現状の賃金は、何倍も違うということに。
現状の賃金の差だけ、仕事の成果で差をつけなければいけない。
さもなくば、賃金が下がるか、職を失う。
このシフトは、10年から20年のうちに完了するかもしれない。そのころ、これを読んでいるあなたは、まだ働き盛りの年齢かもしれないのに。
高賃金な先進国のデザイナが生きる道
では何をすればいいか?
せっかく 〜控えめに言って〜 アジアでもっともセンスのよい国に住んでいるんだ。良い製品に囲まれ、良い体験を積んできたことを、仕事に出せばいい。
そういう社会インフラ、経済・消費者の成熟度、商品を見る目の厳しさ、デザインへの評価といった点で、まだまだ数十年間のアドバンテージがある。また、向こうが進む間に、こちらも進んでいる。こういう社会環境、とくに「厳しい消費者」が我々を鍛えてくれるからだ。
おそらく、これを読んでいるあなたが働いている間に、追いつかれることはないだろう。
それが彼ら「海外の安くて優秀な労働力」に差を付ける武器になる。
もう一度言っておこう、優れたクリエイティブ・センスは、すでに優れたクリエイティブのものが大量に溢れている先進国において、もっとも育まれるのだ、と。(大人になってから、あえて自然の中に身を置くクリエイターも多いが、それは別の話だ)
そろそろまとめておこう。「デザイナの空洞化現象」のなかで生き残り、向こう40年間、日本でデザイナとしてきちんとした仕事を、まともな給料でやっていきたければ、どうすればいいか?
一言で言えば、彼ら「海外の安くて優秀な労働力」にはできない進んだ仕事かどうか、というのを自分の仕事の成果指標にすればいい。自分が引退するまで、追いつかれなければいい。できれば、差も縮められないように。
意欲的デザイナの皆さんは、彼ら「海外の安くて優秀な労働力」に追いつかれないよう、クリエイティブな仕事に邁進して欲しい。
関連リンク