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    <title>Zerobase Journal</title>
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    <updated>2012-02-24T12:23:57Z</updated>
    <subtitle>ウェブ開発会社ゼロベース株式会社ウェブ・アーキテクト石橋秀仁責任編集ブログ</subtitle>
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    <title>ゼロベースWeb開発相談室でデザインとフィードバックについて相談してきた（梅本暖氏）</title>
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    <published>2012-02-24T12:23:00Z</published>
    <updated>2012-02-24T12:23:57Z</updated>

    <summary>ゼロベースのウェブ開発相談室第1回ゲストの梅本暖さんによるレポート記事を転載します。「無意識にしていた反復に敏感になる」ことが使いやすいものを作ることに通じるのだとお伝えしました。</summary>
    <author>
        <name>石橋秀仁</name>
        <uri>http://zerobase.jp/ishibashi/</uri>
    </author>
    
    <category term="podcast" label="Podcast" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="youtube" label="YouTube" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="ウェブ開発相談室" label="ウェブ開発相談室" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<p>概要：ゼロベースのウェブ開発相談室第1回ゲストの梅本暖さんによるレポート記事を転載します。「無意識にしていた反復に敏感になる」ことが使いやすいものを作ることに通じるのだとお伝えしました。</p>]]>
        <![CDATA[<p>キーワード：ウェブ開発相談室, Podcast, YouTube, Lisgo, 梅本暖</p>]]>
        <![CDATA[<h2>動画</h2>

<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/tFmPZrx_Dtg" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

<h2>内容</h2>

<blockquote>
  <p>最近『リーン・スタートアップ』の『顧客インタビューをしろ』という考え方が流行っている。顧客インタビューにも時間がかかる。『10人に聞いてからやれ』といった指標があるが、根拠がよく分からない。どのあたりで開発に移り、どのあたりでまた顧客インタビューに戻ってくるか、といったことに開発者のみなさんが悩んでいると思う。</p>
</blockquote>

<p>というのは実践者ならではの悩みだなあと思いました。それに対して「闇雲なテストを繰り返すだけでなく、UIデザインやユーザビリティの経験則（ヒューリスティクス）を学ぶことが大事」というアドバイスをさせて頂きました。</p>

<h2>トピック</h2>

<ul>
<li>ユーザビリティ・デザインの原理原則をインストールする</li>
<li>製品の問題をユーザは伝えられないから、観察が有効になる </li>
<li>無意識にしていた反復に敏感になる</li>
</ul>

<h1>レポート</h1>

<p>〔梅本さん自身にレポートを書いて頂きましたので転載します：<a href="http://www.umekun.com/2012/02/22/%e3%82%bc%e3%83%ad%e3%83%99%e3%83%bc%e3%82%b9web%e9%96%8b%e7%99%ba%e7%9b%b8%e8%ab%87%e5%ae%a4%e3%81%a7%e3%83%87%e3%82%b6%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%81%a8%e3%83%95%e3%82%a3%e3%83%bc%e3%83%89%e3%83%90/">ゼロベースWeb開発相談室でデザインとフィードバックについて相談してきた | 拷問スタートアップ生活</a>〕</p>

<p><blockquote><!-- reproduction --></p>

<p>先日、<a href="https://twitter.com/#!/zerobase">@zerobase</a>の石橋さんのご好意で、Web開発相談室に出演させて頂いた。素晴らしい夜でありました。無料動画と音声がアップされたので、死ぬほどお勧めです。凄く濃くて勉強になった。</p>

<p>Youtube動画は<a href="http://www.youtube.com/watch?v=tFmPZrx_Dtg&amp;feature=youtu.be">こちらから</a>。通勤時間に聞ける<a href="http://zerobase.jp/podcast/2012/02/-1-iphonelisgo.html#more">Podcast版</a>もあるよ。<br />
(iPhoneのiTunesでzerobaseと検索すると楽に落とせるかも）</p>

<p>主なテーマはUIデザインとユーザフィードバックでした。特に、よいUIデザインをどう開発していくか。石橋さんは具体例を織り交ぜながら、最も重要な軸となる考え方も忘れないように話しくれるので、凄く分かりやすい。</p>

<p>なんというか、具体的な実践方法と、忘れてはいけない基本概念を抽象化しての説明を織り交ぜてくれる。本当にヤバい。こんなに濃密に深く学べる機会はなかなかない。</p>

<p>ちなみに、リーンスタートアップ的には最初に欲しい人がいるかを確認するのが重要なのですが、今回の話はどちらかと言えば、その後にどう製品をデザインしていくかといった話です。リーンスタートアップに興味ある人は、フィードバックループ構成したい時の、現実問題的なユーザの微妙な心理を話している後半の部分が必見だと思う。</p>

<p>ちなみに、ラリーキングっぽく肘をついて真剣に話を聞くというスタイルを意識したのだが、動画を見ると自分は相談側なのに非常に偉そうに写っている。すんません！</p>

<p>一応、僕が作っている<a href="http://lisgo.org/">Lisgo</a>を開発していく上での悩みを元に相談してるのだけど、サービス開発してる人なら誰でも役に立つ話ばかりだと思う。</p>

<p>Lisgoは自分が毎日使うユーザなので、どこが使いづらいか、どこに改善点があるかはかなり理解しやすい。でも、開発者だから機能の使い方が分かりやすいかどうかは分からない領域。自分は最初から使い方を知ってるからである。</p>

<p>つまり、周りの人に使ってもらって、横から観察するというユーザビリティテストが効果的になるけど、これも手軽に何回もできるわけじゃない。そういう、開発時間も必要なうえで、ユーザビリティもいかに洗練させるか。特に、いかに自分が気づかない部分に気づくか。</p>

<p>僕も頑張って本を読んで勉強したり実践で試行錯誤しているのだけど、実際には時間やコストのトレードオフがあり、なかなか教科書通りの事は全部できない。常に何を選択するかの日々がある。</p>

<p>石橋さんは、それも十分に踏まえて経験則から原理原則の応用の仕方を説明してくれるので、凄く負におちるというかなんというか。</p>

<p>詳しくは動画で見ると分かるのだけど、印象に残った部分を書いていきます。ちなみに、動画の最初は3分はLisgoの簡単な説明なのでスキップしても無問題。</p>

<p><strong><br />
ユーザビリティ・デザインの原理原則をインストールする (7分〜)</strong></p>

<p>ユーザビリティ・テストはためになるが、そればかりやる時間もない。どう効率的に開発とのバランスを取るかというのが僕の相談だったのですが、結局はUIデザインの経験則としての知見を頭に入れるのが一番の近道と。</p>

<p>これだけ聞いたら当たり前じゃないかとみなさん思うかもしれないのですが、石橋さんが様々なよいUIデザインを作る具体例をぽんぽんと出してくれるので、「むむ。。こういう経験則をここまで深く知ったうえで他のUIを参考にしたり、自分のデザインを考えるのでは深みが違う。。」と圧倒される我輩が動画で観察できます。</p>

<p>もちろん原理原則を破る事も重要なのだけど、その場合も、自分のプロダクトはこういう理由でルールを破っているのでOKなんだ、という考えを持てるのと持てないのでは大きく違う。</p>

<p>そして、僕もアップルの純正アプリであるiPodやら、TweetBotやら、評判のよいUIデザインをいろいろ細かく参考にして勉強するのだけど、UIデザインの知見を知っているのと知らないのでは見える世界が違う。</p>

<p>ここで石橋さんは、「Defensive Design for the Web」など色々な本を紹介してくれた。アプリ開発でも原理は同じなのでもっと読まねばならぬ。ちなみにiPhoneだと「iPhneアプリ設計の極意」が凄くいい。ここでも、ルールとルールを破る時の解説がされていたのを思い出した。忘れるから何度も読もうと思った。</p>

<p>特に動画の該当部分を見ると重要な原則を例と一緒にいろいろレクチャーしてくれているので、とても濃密に学べると思う。</p>

<p><strong><br />
製品の問題をユーザは伝えられないから、観察が有効になる (32分〜）</strong></p>

<p>上で書いたように、デザインの原理原則を頭に入れておくと、ユーザビリティテストするまでもない基本の事柄は先に潰しておける。ユーザビリティ・テストにもコストがかかるので。</p>

<p>でも、ルールを破るべきかどうか、ルール通りにしたものが果たしてよい結果に繋がるかはユーザを観察するしかない。いくら経験則を持っていても、自分の頭の中だけで考えると重いもよらない落とし穴に確実に落ちてしまう。</p>

<p>ユーザを観察するのがなぜ重要なのかという事を深い意味で語ってもらえたのだけど、自分にとって新鮮だったのは、「ユーザにどこが不便かを聞いても上手く伝えられる人は少ない」という部分。</p>

<p>「ユーザに欲しいものを聞いてもダメ」という事は分かっていたのだけど、「ユーザにどこが不便かを聞いても答えるのは難しい」についてはそこまで意識してなかった。</p>

<p>普段使っている様々な製品の使いにくい部分を的確に文句が言えるのは、結構訓練された人しかできない。なので、「どこが不便ですか？」は「どこが問題ですか？」よりましだし、「どうすればいいですか？」より遥かにましなんだけど、不便な部分を的確に教えてくれる人は少数派。これは肝に命じる事にしようと思う。</p>

<p>実際は不便なのに、使うのに慣れてくるとユーザは当たり前のように感じてきてしまい、本当の不便さに気づかなくなる。だからこそ、専門知識を持った人間の観察や意見が役に立つと言う事なのですね。</p>

<p><strong><br />
無意識にしていた反復に敏感になる（56分〜）</strong></p>

<p>クライマックスに近づく部分で、衝撃の展開が訪れます。</p>

<p>自分がユーザで、自分が使いにくい部分をコツコツと修正していく作り方でLisgoは作っている。具体的な話になるけど、日本語と英語の記事をどちらも読むので、たびたびフォントの大きさを切り替えてたわけです。</p>

<p>それを切り替えるEditバーを手軽に出す機能をつけていたけど、この機能は大半のユーザにとっては優先度低いのではないかと思い、消すかどうか悩んでいると相談した時です。</p>

<p>すると、「フォントの切り替えは単純に自動化できるんじゃないの？」という単純な石橋さんのアンサー！</p>

<p>気づくと当たり前の事だったのですが、なぜか自分はまったく気づかなかったのです。なんと恥ずかしい。僕は、頻繁にフォントを切り替えるから、素早くフォントを切り替えられる便利な機能だぜ、オラオラこんなに早く切り替えられると得意げになってたのです。</p>

<p>でも、それは単純動作の繰り返しであり、何度も反復する動作は自動化するのがユーザビリティの原則だと言われました。恥ずかしいけど、なんというアハ体験！</p>

<p>思い起こしてみれば、何度も繰り返すうちに素早く操作ができるようになり、ルーチンワークとなり、無意識のうちに不便さを感じなくなってしまう落とし穴はたくさんの製品であると思うのですよ。反復が体に身に付けばつくほど人間はそれを意識しなくなると思う。</p>

<p>ちなみに、石橋さんは日本語と英語の記事を自動判別する技術的な考察もしっかりフォローしてくれた。（そういえば、これは面倒かなと思っていたのだった。）</p>

<p>また、何％の割合でルーチンワークとなり、どの割合で例外動作が発生するかを考え、ユーザがよくする一連の動作を自動化するかどうか、その時に応じて判断するためのフレームワークもホワイトボードで説明してくれるので、ここは必見。</p>

<p>興奮を隠して出来るだけ静かに聞こうと決めていたのですが、このへんではドーパミンが爆発している僕が動画では鑑賞できます。</p>

<p>この他にも、「熱心な人からライトなユーザまで、様々なレイヤーのユーザから、いかにユーザの負担を少なくしつつ、フィードバックを頂くか？」という難しいテーマについて。(40分〜）</p>

<p>また、ユーザに機能のOn,Offを選択させて設定項目を増やすのは出来る限り避けたいが、例外をもうけるかどうか悩んだ時の判断の仕方（1時間8分〜)など、サービス開発してる人なら絶対面白い話がたくさんあります。</p>

<p>一応記事にまとめるにあたって、印象に残った部分を3つだけまとめてみたんだけど、聞き直してみるとどこを聞いてもすごく勉強になるところばっかりなので、全部聞くのが絶対お勧めです。</p>

<p>この動画/音声はいろんな人に見てもらって、自分はこう思うとか、こうしてるとかコメントなどで教えて頂けたら嬉しい。石橋さん、このたびは本当にありがとうございました。</p>

<p>Web開発相談室に出演希望の方は<a href="https://twitter.com/#!/zerobase">@zerobase</a>まで。</p>

<p></blockquote><!-- reproduction --></p>

<h2>リンク</h2>

<ul>
<li>YouTube：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=tFmPZrx_Dtg">ゼロベースのウェブ開発相談室 第1回 梅本暖氏 - YouTube</a></li>
<li>Podcast：<a href="http://zerobase.jp/podcast/2012/02/-1-iphonelisgo.html">ゼロベースのウェブ開発相談室 第1回 梅本暖氏（iPhoneアプリ「Lisgo」） - Zerobase Podcast</a></li>
<li><a href="http://zerobase.jp/blog/2012/02/post_107.html">ゼロベースのウェブ開発相談室を始めました（無料公開相談プログラム）</a></li>
</ul>

<div class="booklog_html"><div class="booklog_html_image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4839916063?tag=hidetoi-22&linkCode=as1" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41Q592E36CL._SL160_.jpg" width="123" height="160" style="border:0;" /></a></div><div class="booklog_html_info" style="float:left;margin-left:10px;"><div class="booklog_html_title" style="margin-bottom:5px;font-size:12px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4839916063?tag=hidetoi-22&linkCode=as1" target="_blank">ディフェンシブ・ウェブデザインの技術―「うまくいかないとき」に備えたデザイン、「上手に」間違えるためのデザイン (Web designing books)</a></div><div style="margin-bottom:10px;"><div class="booklog_html_author" style="font-size:10px;">37signals</div><div class="booklog_html_manufacturer" style="font-size:10px;">毎日コミュニケーションズ</div><div class="booklog_html_release" style="font-size:10px;">発売日：2005-04</div></div><div class="booklog_html_link_amazon" style="margin-bottom:10px;font-size:10px;"><a href="http://booklog.jp/asin/4839916063" target="_blank">ブクログでレビューを見る»</a></div></div><div class="booklog_html_fotter" style="clear:left;"></div><br /></div><div style="padding:5px;font-size:10px;background-color:#f4f4f4;">案外この観点の本は少ないと思うので、デザイナやIAが読むには良いかと。</div>

<div class="booklog_html"><div class="booklog_html_image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/484431758X?tag=hidetoi-22&linkCode=as1" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/21VXYTCTQEL._SL160_.jpg" width="99" height="140" style="border:0;" /></a></div><div class="booklog_html_info" style="float:left;margin-left:10px;"><div class="booklog_html_title" style="margin-bottom:5px;font-size:12px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/484431758X?tag=hidetoi-22&linkCode=as1" target="_blank">標準ウェブ・ユーザビリティ辞典 (インプレスの辞典)</a></div><div style="margin-bottom:10px;"><div class="booklog_html_author" style="font-size:10px;">ソシオメディア</div><div class="booklog_html_manufacturer" style="font-size:10px;">インプレス</div><div class="booklog_html_release" style="font-size:10px;">発売日：2003-03</div></div><div class="booklog_html_link_amazon" style="margin-bottom:10px;font-size:10px;"><a href="http://booklog.jp/asin/484431758X" target="_blank">ブクログでレビューを見る»</a></div></div><div class="booklog_html_fotter" style="clear:left;"></div><br /></div><div style="padding:5px;font-size:10px;background-color:#f4f4f4;">最近は[iOS Human Interface Guidelines: Introduction](https://developer.apple.com/library/ios/documentation/UserExperience/Conceptual/MobileHIG/Introduction/Introduction.html)という良書がありますが、昔はウェブユーザビリティについてこういう本を読んだものです。</div>
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    <title>ゼロベースのウェブ開発相談室を始めました（無料公開相談プログラム）</title>
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    <published>2012-02-23T04:24:09Z</published>
    <updated>2012-02-24T14:46:14Z</updated>

    <summary>「ウェブ開発相談室」という無料公開相談プログラムを始めました。Ustream、YouTube、Podcastで配信します。相談者を募集します。</summary>
    <author>
        <name>石橋秀仁</name>
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        <![CDATA[<p>概要：「ウェブ開発相談室」という無料公開相談プログラムを始めました。Ustream、YouTube、Podcastで配信します。相談者を募集します。</p>]]>
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        <![CDATA[<p><a href="http://zerobase.jp/podcast"><img src="http://zerobase.jp/podcast/coverart.jpg" alt="ウェブ・アーキテクト石橋秀仁のZerobase Podcast" title="" /></a></p>

<p>ウェブ開発に取り組む起業家・社内起業家が増えていますが、専門家の知識が活かされていないのを残念に思っています。知識を伝えたり、一緒に考えたりするために、「ウェブ開発相談室」という無料公開相談プログラムを始めることにしました。</p>

<p>ウェブ開発相談室は<a href="http://www.ustream.tv/channel/zerobase1484">Ustream (zerobase1484)</a>で生放送したのち、アーカイブ動画を<a href="http://www.youtube.com/user/zerobase1484">YouTube (Zerobase Channel)</a>で、音声を<a href="http://zerobase.jp/podcast/">Zerobase Podcast</a>で配信します。</p>

<p>相談者にはレポート記事を書いて頂きます。「全文文字起こし」は不要です。相談者自身にとっての要点をシェアしてください。その記事をZerobase Journalに転載させてください。</p>

<p>相談者を募集します。ベンチャー起業家でも大企業従業員でも。幅広く募集しますが、公共性や社会的意義の高さをアピールして頂ければ優先します。相談は対面かSkypeビデオ通話で実施します。「顔出しNG」の相談にも応じます（生放送なのでマスクを被って頂くなど）。</p>

<p>ご応募は<a href="http://twitter.com/zerobase">Twitter(zerobase)</a>かメール<a href="mailto:hideto@zerobase.jp">hideto@zerobase.jp</a>で。</p>

<h2>記録</h2>

<ul>
<li>第1回：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=tFmPZrx_Dtg">ゼロベースのウェブ開発相談室 第1回 梅本暖氏 - YouTube</a></li>
<li>第2回：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=g-rKxNKPdI4">ゼロベースのウェブ開発相談室 第2回 藤村良弘氏 - YouTube</a></li>
</ul>
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    <title>なぜ就活生はOB/OG訪問すべきか：なぜ「茶会人訪問」を開発したか</title>
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    <published>2012-02-03T09:00:03Z</published>
    <updated>2012-02-05T10:51:13Z</updated>

    <summary>「茶会人訪問」を開発しています。出身校に関係なく、登録している社会人にOB/OG訪問を申し込めるサービスです。これを開発するうえで考えてきたことを書いておきます。</summary>
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        <name>石橋秀仁</name>
        <uri>http://zerobase.jp/ishibashi/</uri>
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    <category term="アイデンティティ" label="アイデンティティ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="就活" label="就活" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<p>概要：「茶会人訪問」を開発しています。出身校に関係なく、登録している社会人にOB/OG訪問を申し込めるサービスです。これを開発するうえで考えてきたことを書いておきます。</p>]]>
        <![CDATA[<p>キーワード：アイデンティティ, ソーシャル, 就活, OB/OG訪問, 茶会人訪問</p>]]>
        <![CDATA[<h2>はじめに</h2>

<p>なぜ「<a href="http://www.chakaijin.jp/">茶会人訪問</a>」を開発したかというと、学生が「<em>社会人になり損ねる</em>ことのないように」支援したかったからです。</p>

<p>「社会人になり損ねることのないように」といっても、単なる就活のテクニックや「内定獲得術」の話ではありません。もっと根本的な意味です。「社会人になり損ねる」とは「<em>社会化のプロセス</em>に失敗する」ということです。</p>

<blockquote>
  <p>社会化（しゃかいか）とは、社会学の用語で、子供や、その社会の新規参入者が、その社会の文化、特に価値と規範を身に付けることを指す。遺伝子により先天的に獲得されたものではなく、学習により後天的に獲得されるものである。
  （<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%8C%96">社会化 - Wikipedia</a>）</p>
</blockquote>

<p>考察を進める前に、まずは学生の就職活動を「社会化のプロセス」＝「<em>社会人としてのアイデンティティを獲得するプロセス</em>」と定義しておきます。では考察を始めましょう。</p>

<h2>アイデンティティの複数性</h2>

<p>そもそも「アイデンティティ」にはどういう性質があるのでしょうか。</p>

<p>人は多様なアイデンティティを同時に持っています。ある一人の人物が、同時に「日本人」であり、「男性」であり、「Ｗ家の長男」であり、「Ｘ大学生」であり、「Ｙサークル会員」であり、「Ｚのアルバイト」であったりするわけです。このように「<em>ある社会集団への帰属意識</em>」がアイデンティティであり、人には複数のアイデンティティがあるのです。</p>

<p>また、人のアイデンティティは増えたり（獲得したり）減ったり（喪失したり）します。</p>

<p>例えば、「Ｘ大学４年生」が就職すれば「Ａ社の社員」に変わります。前者のアイデンティティを喪失し、後者のアイデンティティを獲得するのです。「Ａ社の社員」が転職すれば「Ｂ社の社員」になります。やはり同様の喪失と獲得が起こります。「Ｂ社の社員」が退職すれば職業上の所属先は無くなります。ここでは喪失だけがあります。また、副業を始めたり、趣味のサークルに入ったりすれば、獲得だけが起こります。こういうふうにアイデンティティは増減します。</p>

<p>ちなみに、すべての「属性」がアイデンティティになるわけではありません。毎日コーヒーを飲んでいる人は「コーヒー好き」という「属性」を持ちます。しかし、本人は「コーヒー好き」としてのアイデンティティを持っていないかもしれません。</p>

<p>（※詳しくは述べませんが、アマルティア・センの『アイデンティティと暴力』の議論を参照しています）</p>

<h2>アイデンティティ獲得の社会的プロセス</h2>

<p>「アイデンティティ」に関して言えることは、「<em>アイデンティティの獲得や喪失において周囲の人々から支援を受けられる社会では人々は生きやすい</em>」ということです。</p>

<p>アイデンティティの獲得や喪失を「支援」するとは、一体どういうことでしょうか（以降「獲得」に限って議論します）。アイデンティティを獲得しようとしている、つまり「変わろうとしている」人がいるとします。それを「支援」するとは、「変わった後の自分」を具体的に想像させることです。</p>

<p>「変わった後の自分」を想像することを「支援」するとはどういうことでしょうか。それは「変わる前の自分」「変わった後の自分」のいずれか（できれば両方）に近い人が体験談を聞かせることです。ここではそのような支援者のことを「<em>先輩</em>」と呼ぶことにします。</p>

<p>就職活動中の学生にとって「変わる前の自分」に近い人とは、例えば同じ大学の卒業生だけではありません。「学問上の専攻が同じ人」、「同じ都道府県の出身者」、「同じ部活や趣味に没頭していた人」などがいるでしょう。</p>

<p>学生にとって「変わった後の自分」に近いのは、志望業界や志望職種で働いている社会人です。あるいは女子学生なら「結婚退職した人」や「出産後に復職した人」などもいるでしょう。</p>

<p>そういった「<em>先輩</em>」の話を聞くことで「変わった後の自分」を具体的に想像でき、より妥当な判断につながります。「先輩」と出会う前より具体的な想像をもとに「本当にそういう風に変わりたいか」と自問自答できるので、就職の失敗リスクが減るわけです。</p>

<p>（※詳細は述べませんが、ドゥルシラ・コーネルの『イマジナリーな領域』や、同書の監訳者である仲正昌樹の『「不自由」論』を参照しています）</p>

<h2>「わかる」ことで「かわる」自分</h2>

<p>例えば、「エンジニアになりたい」といいながら、その「エンジニア」という職業のことをほとんど知らない就活生がいます。日々の生活のサイクルや、身につけたスキルや、長期的な関心事や、その仕事から得られる喜びなどといったことを理解せずに「エンジニアになりたい」と言うのは、「志望」というよりは単なる「憧れ」です。こういう就職では、ミスマッチのリスクが高いのです。</p>

<p>ミスマッチのリスクをゼロにすることはできなくても、減らすことはできます。そのためには、「憧れ」ではなく地に足の着いた「自分事」として将来を想像する必要があります。</p>

<p>その際にはメディアを通じた情報収集も役立ちますが、実際に「先輩」に会って話を聞くことが大事です。メディアを通じた情報と違って、生身の人間に対面することで豊富な知識が得られます。「分かる（わかる）」ことは「変わる（かわる）」ことです。「先輩」に出会って「自分が変わる」ような経験をすることが大事なのです。</p>

<p>もし学生が「エンジニアになりたい」ならば「エンジニア」の「先輩」に出会って、対面のコミュニケーションで影響を受けて、その学生自身が少しだけ「エンジニア」に向けて「かわる＝わかる」ような経験をすることが大事です。言い換えれば、学生のうちに「エンジニアとしてのアイデンティティ」や「ある会社の社員としてのアイデンティティ」を少しだけ獲得することが大事なのです。</p>

<h2>アイデンティティを徐々に獲得していくプロセス</h2>

<p>ここで冒頭の問題設定に戻ります。何らかのアイデンティティを獲得するということは、その社会集団への帰属意識を持つということです。その内と外を隔てる壁があり、それを一気に飛び越えるというイメージを持っているうちは「社会化のプロセスに失敗する」＝「社会人としてのアイデンティティを獲得するプロセスに失敗する」ことは避けられません。そうではなく、徐々にアイデンティティを獲得していくプロセスが大事なのです。</p>

<p>徐々にアイデンティティを獲得していくということは、その社会集団に所属している「先輩」に、そのアイデンティティの在り方について教わるということです。例えば「エンジニア」とはどういう人間なのか。それを教わって「わかる」ということは「かわる」ということ、つまり「すでに少しだけエンジニアになり始める」ということなのです。</p>

<p>（※「不連続な変化を避ける」「漸進的な方法でリスクを減らす」という考え方は「アジャイル」や「リーン」に通じます。私のなかでは「方法」であるだけでなく、漸進主義というべき「思想」になっています。物事を一気に不連続に変えようとすると、だいたいよくない結果になると）</p>

<h2>結論</h2>

<p>「壁を一気に飛び越える」ような不連続な変化には失敗のリスクが伴います。「先輩」に出会って「わかる＝かわる」プロセスのなかに身を置くことで、「このまま変わり続けたら将来の自分はどういう社会人になるのだろう」と具体的に想像することができます。そういう漸進的（ちょっとずつ）なアイデンティティ獲得プロセスを通じて、地に足の着いた職業選択ができるのです。これが「なぜ就活生はOB/OG訪問すべきか」という問いへの答えです。</p>

<h2>あとがき</h2>

<p>最後に付け加えれば、学生でありながら「先輩」社会人との交流が多く、あらためてOB/OG訪問するまでもないような学生がいるとしましょう。そういう学生は、もちろんOB/OG訪問する必要がありません。</p>

<p>そういう学生は理想的な「社会化のプロセス」を経ていると言えます。例えばこういうエピソードがありました。「出版社でバイトしてるうちに就活シーズンになって、上司から『うちに来ない？』と誘われて入社した」と。昔は大手企業にもこういう人がいたそうですが、最近ではほとんど見かけません。</p>

<p>また、学生がOB/OG訪問したくて大学の就職課に紹介してもらってもOB/OGから返事がないとか、教員がOB/OGとのコネを持っていないので研究室やゼミのコネも使えないとか、サークルのOB/OGとの交流も希薄だとか、そういった話をよく聞きます。</p>

<p>学生とOB/OGとの関係が失われているのかもしれません。いや、一般論として「失われている」かどうかはともかく、「失われている」ことで苦しんでいる学生が実際にいたわけです。だから「<a href="http://www.chakaijin.jp/">茶会人訪問</a>」を開発しました。</p>

<p>実際に利用してくださった学生からは「わかる＝かわる」体験をしたという報告が届いています。その一部は<a href="http://www.chakaijin.jp/report/">訪問レポート</a>として公開されています。</p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4778312775?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1" target="_blank" title="宮台教授の就活原論"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51UtAtnr5dL._SL160_.jpg" width="106" height="160" alt="宮台教授の就活原論" /></a><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4778312775?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1" target="_blank">宮台教授の就活原論</a></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480061320?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1" target="_blank" title="「不自由」論―「何でも自己決定」の限界 (ちくま新書)"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41F6ZANZENL._SL160_.jpg" width="97" height="160" alt="「不自由」論―「何でも自己決定」の限界 (ちくま新書)" /></a><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480061320?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1" target="_blank">「不自由」論―「何でも自己決定」の限界 (ちくま新書)</a></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4326154160?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1" target="_blank" title="アイデンティティと暴力: 運命は幻想である"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51zZOSU6HlL._SL160_.jpg" width="118" height="160" alt="アイデンティティと暴力: 運命は幻想である" /></a><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4326154160?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1" target="_blank">アイデンティティと暴力: 運命は幻想である</a></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4275004116?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1" target="_blank" title="イマジナリーな領域―中絶、ポルノグラフィ、セクシュアル・ハラスメント"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41PCmRfP3dL._SL160_.jpg" width="108" height="160" alt="イマジナリーな領域―中絶、ポルノグラフィ、セクシュアル・ハラスメント" /></a><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4275004116?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1" target="_blank">イマジナリーな領域―中絶、ポルノグラフィ、セクシュアル・ハラスメント</a></p>
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    <title>仮名漢字変換ソフトが確率的に少しずつ言葉を狩っていく</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://zerobase.jp/blog/2012/01/censorship.html" />
    <id>tag:zerobase.jp,2012:/blog//3.1276</id>

    <published>2012-01-09T05:29:00Z</published>
    <updated>2012-01-13T18:24:13Z</updated>

    <summary>仮名漢字変換ソフトの辞書から意図的に「不適切語」が取り除かれることによって、確率的に少しずつ言葉が狩られていきます。そのような「間接的検閲」がいつのまにか実現してしまう未来社会の危険性と、検閲そのものの是非について考察しました。</summary>
    <author>
        <name>石橋秀仁</name>
        <uri>http://zerobase.jp/ishibashi/</uri>
    </author>
    
    <category term="アーキテクチャ" label="アーキテクチャ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="コード" label="コード" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="検閲" label="検閲" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<p>概要：仮名漢字変換ソフトの辞書から意図的に「不適切語」が取り除かれることによって、確率的に少しずつ言葉が狩られていきます。そのような「間接的検閲」がいつのまにか実現してしまう未来社会の危険性と、検閲そのものの是非について考察しました。</p>]]>
        <![CDATA[<p>キーワード：コード, アーキテクチャ, 検閲</p>]]>
        <![CDATA[<p><img src="http://zerobase.jp/blog/2012/01/10/censorship.png" alt="けんえつ" title="" /></p>

<h2>はじめに</h2>

<p>簡単な言葉を漢字変換できない仮名漢字変換ソフトがありました。その言葉はしばしば「不適切な言葉」と名指されています。もちろん私は差別的な意図でその言葉を用いようとしたわけではありませんが、変換しようとしたら、出来なかった。「もしや」と思い、他の「不適切語」も調べてみました。やはり変換できない言葉が多い。どうやら仮名漢字変換ソフトのメーカーは「不適切語」を意図的に辞書から取り除いているようです。かなりの確信を持って、そう思いました。</p>

<p>これは「検閲(censorship)」ではないか、と思いました。そこから出発した思考過程です。</p>

<p>〔※以下の議論の前提：現時点で「意図的な削除」つまり「検閲」が行われているかどうかは（前述の通り）未確認です。未来社会において「検閲」が行われる危険性についての考察ですから、現時点でそのような「検閲」が実際に行われているかどうかは関係ありません。それが実現可能であり、ひょっとしたらすでに進行しているかもしれないという現実を提示します〕</p>

<h2>文房具が言葉を奪う</h2>

<p>コンピュータを活用する人にとって、仮名漢字変換ソフトは文章を書くための道具であるだけでなく、考える道具にもなっています。「文房具」に喩えると、「原稿用紙」がエディタやワープロで、「ペン」が仮名漢字変換ソフトでしょう。この喩えを用いて説明します。</p>

<p>「仮名漢字変換ソフトの辞書から『不適切語』を取り除き変換しづらくすること」は、まるで「『不適切語』を書こうとするとインクがかすれるペンを設計すること」に似ています。そんな魔法のペンを実現できれば、の話ですが。</p>

<p>その「魔法のペン」では「不適切語」が書きにくいので、決して書けないわけではないのですが、途中で面倒くさくなって別の言葉で<em>言い換え</em>ようとする人が出てくるでしょう。このペンが普及すれば、世の中から「不適切語」が減っていくことになります。</p>

<p>仮名漢字変換ソフトの辞書から「不適切語」が排除されているのは、この「魔法のペン」に似た事態です。たしかに、辞書に登録されていないからといって、その言葉を入力できないわけではありません。代替手段はたくさんあるわけです（たとえば平仮名でGoogleウェブ検索してもいいし、仮名漢字変換ソフトの手書き文字認識機能を使って一文字ずつ入力することもできるでしょう）。しかし、代替手段があったところで、わずかな「入力しにくさ」によっても書き手は別の言葉を探して<em>言い換え</em>てしまいます。</p>

<h2>確率的に少しずつ言葉が奪われていく</h2>

<p>この「僅かな手間によって行動が妨げられる」ということにピンと来ない人は「ゲームデザイン」について考えてみてください。ゲームのパラメータ（設定値）を変えることで、プレイヤーの行動を誘導することができるわけです。</p>

<p>ゲームデザインと同じように「不適切語」を入力しにくくすることで、「不適切語」の使用を（確率的に）減らすという「デザイン」が可能なのです。</p>

<p>このようにして「仮名漢字変換ソフトの辞書から不適切語を取り除く」ことによって間接的検閲が実現します。世の中から「不適切語を使う人」が減ること、「不適切語の使用回数」が減ること、これが検閲の目的なのですから。</p>

<p>このような間接的検閲は直接的検閲とは違って<em>人々から確率的に少しずつ言葉を奪っていく</em>のです。変化を実感することはできません。「茹でガエル」のようにいつのまにか状況が完了してしまうかもしれません。しかし、それでは遅いのです。言論の自由を守るために<em>間接的検閲</em>の存在を意識しておかなければなりません。</p>

<h2>検閲の是非について</h2>

<p>このような間接的検閲が民間企業の「自主規制」だとして、どう考えればいいでしょうか。利用者には市場における代替案（競合商品）があるので、「国家がやる検閲よりもマシだ」と言えるかもしれません。しかし、国家権力の介入無しに自主規制が行われるのだとしたら、それはそれで怖いものです。仮名漢字変換ソフトのメーカーは、もはや「言論に関わる企業」です。言論の自由・表現の自由に関して責任ある態度を求めたいと思います。</p>

<p>このように民間企業の自主規制は怖いものですが、単純に自主規制を批判することもできません。なぜなら国民の「この言葉を辞書から削除しろ」という圧力（不買運動など）に対抗しきれない場合もあります。たとえ「表現の自由を守る」という理念を掲げる企業であっても、「差別助長企業」といった「空気」を醸成されてしまえば会社が倒産しかねないほど事業環境が悪化するかもしれません。「倒産の危機」と天秤にかけて「言論の自由」を選ぶ経営者など滅多にいません。</p>

<p>さらに言えば、「あらゆる検閲を断固拒否する」という姿勢は「正義」なのでしょうか。その主張には強固な理論武装が必要です。多くの人々が「不適切語」として辞書から削除を求めている言葉があるときに、それに従わないことは「反社会的」かもしれません。</p>

<p>難問です。検閲に反対するロジックは簡単ではありません。ひょっとしたら「ある程度の検閲は必要」という中庸の立場が現実的なのかもしれません。だとするならば、検閲を受け入れる前提で、それが際限なく拡大しないような制限を厳密に定めておくような制度設計が必要になります。検閲権の裁量的な執行などあってはなりません。</p>

<p>この文章で私は「間接的検閲は近い将来実現する」と指摘しました。しかし「検閲に断固として反対すべきか」「検閲は悪いことか」については結論を保留しています。まだ考え足りないと感じています。</p>

<h2>あなたへの質問</h2>

<ul>
<li>この文章の主題である「いつのまにか<em>間接的検閲</em>が実現している未来社会の危険性」についてどう思いましたか？</li>
<li>検閲の是非とその理由についてはどう思いますか？</li>
<li>仮名漢字変換ソフトのメーカーはどのように行動すべきだと思いますか？</li>
<li>もし検閲を受け入れざるを得ないとしたら、検閲権の拡大に歯止めをかけるためにどうすればいいと思いますか？</li>
</ul>

<h2>さらに考えたい方へ</h2>

<p>この文章では仮名漢字変換ソフトを通じて「間接的検閲」について考えてきました。別のメディアについても考えることができます：</p>

<ul>
<li>オペレーティングシステム(OS)が間接的検閲の対象になったらどうでしょうか？（特定の内容を含むデータを作成することも受け取ることもできなくなる）</li>
<li>プロバイダ(ISP)だったらどうでしょう？（特定の内容を含むウェブページにアクセスできなくなる）</li>
<li>ソーシャルメディア（FacebookやTwitter）だったらどうでしょう？（特定の内容を含む発言は投稿できない）</li>
<li>検索エンジン(Google)だったらどうでしょう？（特定の内容を含むウェブページは検索結果に表示されない）</li>
</ul>

<p>ウェブ業界人にとっては身近な問題です。ユーザー投稿型のウェブサイトに携わったことがあれば、おそらく「NGワード」を取り扱う機能の設計や運用に関わったことがあるはずです。自分事として考えてみてください。</p>

<p>また、「検閲」というテーマを離れて「メディアやアーキテクチャが人々の言葉に与える影響」を考えることもできるでしょう。我々の文章表現や語彙は日常的にアーキテクチャの影響を受けています（「検閲」はその特殊な例です）。本稿では「入力しにくい単語は使われにくくなる」と論じましたが、考えてみればこれは手書きについても言えることです。手書きの場合、画数が多い漢字（書きにくい漢字）や、辞書に載っていない言葉は使われにくいわけです。辞書に対する検閲や、常用漢字制度を通じた「間接的検閲」は紙・鉛筆メディアでも可能でしょう。こう考えると「紙・鉛筆メディア」と「ウェブ・アーキテクチャ」は「どっちもどっち」と言えなくもない。細かく見れば差異もありますが。</p>

<h2>関連記事</h2>

<ul>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/atsushieno/20080407/p1">有害情報規制法案の検閲該当性と立法者の遵法意識について - ものがたり</a></li>
</ul>

<h2>おすすめ図書</h2>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4043898053?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1" target="_blank" title="図書館戦争  図書館戦争シリーズ（１） (角川文庫)"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/61npb0oxjdL._SL160_.jpg" width="112" height="160" alt="図書館戦争  図書館戦争シリーズ（１） (角川文庫)" /></a><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4043898053?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1" target="_blank">図書館戦争  図書館戦争シリーズ（１） (角川文庫)</a></p>
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    <title>ウェブサイトを自前で構築しなくてもコンテンツ発信できる時代に「ウェブ制作会社」の役割はどう変わるか</title>
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    <id>tag:zerobase.jp,2012:/blog//3.1275</id>

    <published>2012-01-08T14:57:00Z</published>
    <updated>2012-01-10T05:46:19Z</updated>

    <summary>「ありもの」のプラットフォーム（とくにソーシャルメディア）を活用してコンテンツの発信やコミュニケーションを行えるようになってきました。ウェブサイト構築の必要性が減る中で、「ウェブ制作」の主題は「ウェブサイト」から「コンテンツ」へ移るでしょう。</summary>
    <author>
        <name>石橋秀仁</name>
        <uri>http://zerobase.jp/ishibashi/</uri>
    </author>
    
    <category term="アーキテクチャ" label="アーキテクチャ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="コンテンツ" label="コンテンツ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://zerobase.jp/blog/">
        <![CDATA[<p>概要：「ありもの」のプラットフォーム（とくにソーシャルメディア）を活用してコンテンツの発信やコミュニケーションを行えるようになってきました。ウェブサイト構築の必要性が減る中で、「ウェブ制作」の主題は「ウェブサイト」から「コンテンツ」へ移るでしょう。</p>]]>
        <![CDATA[<p>キーワード：ウェブサイト構築, コンテンツ制作, アーキテクチャ, コンテンツ</p>]]>
        <![CDATA[<p><a href="http://www.yasuhisa.com/could/article/shift5-the-end-of-websites/">Webサイト制作の終わりと始まり</a>という記事で長谷川さんは次のように書きました：</p>

<blockquote>
  <p>Webサイトは必ずいるよね、という前提に囚われず、利用者が最も必要としているコンテンツを配信する手段を選ぶ時代になりました。そのときに Web プロフェッショナルとして提供できる価値は、Web を熟知していること、コンテンツと利用者を繋げることができるスキルだと思います。</p>
</blockquote>

<p>同意です。そのときウェブサイト構築への投資が減り、コンテンツ制作とコミュニケーション活動への投資が増えるでしょう。</p>

<h2>「ありもの」活用で小さく早く</h2>

<p>自前のウェブサイトで何か新しい情報発信をしようとすると「CMS開発投資」などのお金と時間がかかったりします。「新しいことを始めたい」と思い立ってから実際に発信（publish）するまでには、だいたい3ヶ月から半年くらいの時間を要するのが普通だと思います。これを「遅い」と感じる人は増えていくでしょう。</p>

<p>ですから「自前」ではなく「ありもの」のプラットフォームが選択肢に登ってくることになります。例えばFacebook、Twitter、YouTube、Ustream、Flickrなど。これらはソーシャル・メディアですから、良質なコンテンツを「発信」すればソーシャル・ネットワーク（人間関係）を通じて「伝搬」しやすいですし、そこで接点をもった人々との（双方向の）「コミュニケーション」もできます。</p>

<h2>新たに期待されるノウハウ</h2>

<p>「ありもの」のプラットフォームの活用を前提としたコンテンツの発信とコミュニケーションが主題になってくれば、ウェブ制作会社や広告代理店にはそのためのノウハウ（企画・制作・編集・公開・更新・運用など）が求められます。</p>

<p>まだそういうノウハウを持っている会社は少ないのではないでしょうか。私自身は、この変化に適応するための備えが必要だと考えています。ノウハウ獲得、学習のための投資です。</p>

<p>獲得すべきノウハウは二つあります。</p>

<p>一つ目は「ありもの」のプラットフォームを知って、使いこなすノウハウです。適材適所の選定力。</p>

<p>二つ目は「何か新しいことをしたい」ときに「小さく素早く始める」ための手法です。例えば「仮説検証の論理を組み立てて、細かくフェーズを切って、スモール・クイック・スタートを実現する」といったような。「リーン」や「アジャイル」の考え方に通じます。</p>

<h2>予算配分の変化</h2>

<p>「ありもの」のプラットフォームを活用するということは、ウェブサイト構築予算が減るかもしれません。</p>

<p>広告枠の購入量も減るかもしれません。良質なコンテンツをソーシャル・メディアを通じて届けることで、人間関係（ソーシャルネットワーク）における情報の伝搬と共感の連鎖が起こる。そのほうが（狭義の）「広告」よりも「いいお客さん」と「いい関係」を築くことができる。このような考え方の企業が出てきました。おそらく増えていくでしょう。そういった企業では従来の広告予算からの「振り替え」もあるはずです。</p>

<p>〔※この節では「ほかの条件が一定だと仮定した場合」の傾向性を考えました。実際の予算額や予算比率を考えるうえでは、これ以外に様々な要因を考慮しなければなりません〕</p>

<h2>ノウハウの獲得</h2>

<p>IT業界には「ドッグフードを食べる (<a href="http://en.wikipedia.org/wiki/Eating_your_own_dog_food">Eating your own dog food</a>)」という言葉があります。「自分が作ったドッグフードを食べずに、良いドッグフードは作れない」といった意味合いの言葉でしょうけれど、同じ事が「ソーシャルメディア活用」についても言えるはずです。</p>

<p>ソーシャルメディア活用のノウハウを獲得するためには、まず自身がソーシャルメディアを活用することが大事なのではないでしょうか。自分を実験台に研究して、その結果として得られたノウハウを顧客に提供するような姿勢がよいと思います。</p>

<h2>コンテンツ優先時代のアーキテクト</h2>

<p>「ありもの」のプラットフォームを活用するといっても、使いこなす過程では「アーキテクチャ」の重要性が見直されることになるでしょう。「ありもの」の組合せには限界があるはずです。</p>

<p>そのときアーキテクトにはどんな構想力が必要でしょうか。「ありもの」を最大限活用しつつも、その限界を超えていくための構想力ですね。コンテンツ発信とコミュニケーションの実務経験に裏打ちされた、アーキテクチャの構想力です。</p>

<p>アーキテクチャ（設計様式）の進化も予想します。いろんな「ありもの」のプラットフォームにパブリッシュしたコンテンツをマッシュアップして「自社サイト」「プロフィールサイト」を作る。こういうマッシュアップ型アーキテクチャが進化すると思います。その原始的な形態は about.me ですが、これがもっと高度に進化して企業活動にも使われるようになるはずです。</p>

<p>そうなると、大企業の大きなウェブサイトを構築・運用する人たちも影響を受けるでしょう。詳しくは説明しませんが、ウェブ産業の「生態系」（エコ・システム）のなかでは影響を受けずにはいられないはずですから。</p>

<p><img src="http://zerobase.jp/blog/2012/01/09/2012-01-09_multi_platform.png" alt="複数のプラットフォーム" title="" /></p>

<h2>結論</h2>

<p>「ありもの」のプラットフォームを活用することで「ウェブサイトを作る仕事」は減るかもしれません。しかし、コンテンツを作る仕事は減らないか、むしろ増えるでしょう。コンテンツ制作機能（企画・取材・編集など）を持たない企業も多いのですから、ウェブ制作会社が請け負うべき業務はあります。狭義の制作代行から、コンテンツ活用戦略のコンサルティング、コンテンツ活用アーキテクチャの設計といったレベルまで。</p>

<h2>あなたへの質問</h2>

<p>この文章では（コンテンツの）「質」という言葉を使いました。この文脈での「質」は「良し悪し」と言い換えることもできます。具体的に「良質」「良い」とはどういう意味でしょうか？　あなたの考えを教えてください。ご意見を頂いて、次の文章に活かしたいと思います。</p>

<h2>関連記事</h2>

<ul>
<li><a href="http://zerobase.jp/blog/2011/12/post_105.html">ソーシャル・メディアで「お互いに顔の見える商取引」が復活します</a></li>
</ul>
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    <title>「出来の悪い物」に対してキレやすい人には「使い易い物」を作る才能があるかもしれません</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://zerobase.jp/blog/2012/01/post_106.html" />
    <id>tag:zerobase.jp,2012:/blog//3.1274</id>

    <published>2011-12-31T15:10:00Z</published>
    <updated>2011-12-31T15:18:37Z</updated>

    <summary>ぼくは物を使ってミスしたときには自分を責めず、物に対して怒ります。「ユーザビリティ」（使いやすさに関する研究・実践の分野）の大御所も「出来の悪い物」に心底怒る人たちです。「使いにくさ」への敏感さは「使い易い物」作りの才能かもしれません。</summary>
    <author>
        <name>石橋秀仁</name>
        <uri>http://zerobase.jp/ishibashi/</uri>
    </author>
    
    <category term="デザイン" label="デザイン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="ユーザビリティ" label="ユーザビリティ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://zerobase.jp/blog/">
        <![CDATA[<p>概要：ぼくは物を使ってミスしたときには自分を責めず、物に対して怒ります。「ユーザビリティ」（使いやすさに関する研究・実践の分野）の大御所も「出来の悪い物」に心底怒る人たちです。「使いにくさ」への敏感さは「使い易い物」作りの才能かもしれません。</p>]]>
        <![CDATA[<p>キーワード：ユーザビリティ, デザイン</p>]]>
        <![CDATA[<p>航空券のインターネット予約をミスっていたことが空港で発覚しました。空席待ちで三時間遅れのフライト。とんだ休暇の始まりになりました。</p>

<h2>物を使いこなすことができない</h2>

<p>ぼくはこういうミスをする奴なんですが、こういうエラーにおいて「自分が悪い」とは全く思わないんですね。もちろん人に迷惑をかけたときはその人に対して「自分が悪かった」とは思いますが、それでも物に対して自分が悪かったとは思いません。ほとんどの場合で物のほうが悪いと考えます。</p>

<p>ぼくには物を「使いこなす」ことができない。正確に言えば「出来の悪い物」を使いこなすことができません（よくできた物には「使いこなす喜び」があります）。そして「出来の悪い」という基準が普通の人よりも厳しいので、結局ほとんどの物を使いこなすことができません。</p>

<p>これは使いこなす「能力」の欠如というより、「忍耐」の欠如です。</p>

<p>しばらく個人的な話が続きますが、ある程度の普遍性を持つ話になるはずなので、辛抱してお付き合い頂ければ幸いです。</p>

<h2>忍耐の欠如</h2>

<p>ぼくから見れば「出来の悪い物」を「使いこなす」ことができる人は忍耐強い。ぼくは他人の作った「出来の悪い物」を使いこなすなんて馬鹿らしいことだと思ってしまいます（ぼく自身が作り手だからかもしれません）。</p>

<p>物を慎重に使おうとするなんて馬鹿げていると思ってしまいます。慎重に使わざるを得ない時点で、その物は出来が悪い。慎重に使わなければエラーが生じるようなデザインには改善の余地があるはずです。</p>

<p>誤解されるかもしれませんが、これは決して「使いこなす」ことができる人への批判ではありませんよ。忍耐強くミスを避けるのは立派なことです。</p>

<p>しかし、私の考える「使い易い物」とは、何も考えなくても目的を達成できるような物。使っていることを忘れるような物です。そうでない物を使ってミスしたときに、「自分ならこうデザインしたのに」と怒るのです。</p>

<h2>「忍耐のなさ」という「才能」</h2>

<p>ぼくの「忍耐のなさ」は、ぼくの「傷」です。日常生活においては冒頭の例のように困ったことになります。しかし、この「忍耐のなさ」という「個性」は「<em>才能</em>」にもなります。「使いやすい物を作る」という仕事においては。</p>

<p>「ユーザビリティ」（使いやすさ）の大家たち、ドナルド・ノーマンもヤコブ・ニールセンもアラン・クーパーも「出来の悪い物から受けた酷い仕打ち」にキレる人たちです。こう言うと語弊があるかもしれませんが（物に対しては）「キレやすい」人たちかもしれません。</p>

<p>「使い易い物」を作るためには「使いにくさ」に敏感な感性が必要です。物に対してキレる人には、その才能があるかもしれません。</p>

<p>「出来の悪い物」に出会ったとき、ユーザビリティの冷静な分析なんかよりも、まず原初の「怒り」の感情がある。「出来の悪い物」への怒りを、「使い易い物」を作ることで復讐する。まるで江戸の敵を長崎で討つように。</p>

<p>空席待ちの空港ロビーでそんなことを考えた年の瀬でした。</p>

<h2>引用：誰のためのデザイン？</h2>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/478850362X?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1" target="_blank" title="誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/412Z7VZFGDL._SL160_.jpg" width="109" height="160" alt="誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)" /></a><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/478850362X?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1" target="_blank">誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)</a></p>

<blockquote>
  <p>私はこれまでに、さまざまな誤りを犯した人を研究してきた。機械や電灯のスイッチやヒューズ、コンピュータのオペレーティングシステムやワープロ、あるいは飛行機や原子力発電設備などを操作する際の重大なエラーやささいなエラーなどを犯した人たちである。そのどの場面においても、彼らは罪悪感をもって、自分のエラーを隠そうとするか、あるいは自分の「愚かさ」や「不注意さ」を攻めようとする。私は、悪いのはデザインであって、誰でも皆同じようなエラーをしているということを指摘するのだが、やはり、人は、課題が一見単純であったりささいなものであるように見えるとき、自分自身を責めるのである。まるで自分に機械の取り扱い能力がないということをしつこく自慢でもしているかのように見える。</p>
  
  <p>ドナルド・A・ノーマン, 野島久雄訳, 『誰のためのデザイン？』, 新曜社, 1990</p>
</blockquote>

<h2>引用：個性とは苦しみである</h2>

<blockquote>
  <p>「個性のもと」とは、一般性からは逸脱しドロップアウトしたところにあり、「役にたつ」とか「創造的」とは全く正反対の性質を含蓄する「破綻」なのです。さらに「破綻からの修復」という作業だって、その作業の最中にはそれが本当に「修復」なのか、逆にさらなる「破壊」なのかさえ本人には確信が持てません。そのうちほんの一部だけがたまたま他人や社会のニーズに合致しすることがあるのですが、そうなってやっとその作業が「破綻からの修復＝個性」であったと事後承認されるのです。ですから言葉の定義上「使えない個性」というのはないのです。</p>
  
  <p><a href="http://harvardmedblog.blog90.fc2.com/blog-entry-315.html">個性とは苦しみである</a></p>
</blockquote>
]]>
        

    </content>
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    <title>ソーシャル・メディアが発展しても「生身で向き合う事」は大事です</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://zerobase.jp/blog/2011/12/social_face.html" />
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    <published>2011-12-23T03:25:07Z</published>
    <updated>2011-12-23T07:39:58Z</updated>

    <summary>建築家丹下健三が50年前に指摘したように「間接的コミュニケーションの手段も、直接的接触の要求と必要性をますます誘発するだけ」です。会う事を「省略」しようとするのは違う。商売においても生身で向き合う事は「真っ当さ」につながるし、ソーシャル・メディアは「会わずに済ますため」ではなく「もっと会うため」に使う方がいいと思うんです。</summary>
    <author>
        <name>石橋秀仁</name>
        <uri>http://zerobase.jp/ishibashi/</uri>
    </author>
    
    <category term="ソーシャル" label="ソーシャル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="リアル" label="リアル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://zerobase.jp/blog/">
        <![CDATA[<p>概要：建築家丹下健三が50年前に指摘したように「間接的コミュニケーションの手段も、直接的接触の要求と必要性をますます誘発するだけ」です。会う事を「省略」しようとするのは違う。商売においても生身で向き合う事は「真っ当さ」につながるし、ソーシャル・メディアは「会わずに済ますため」ではなく「もっと会うため」に使う方がいいと思うんです。</p>]]>
        <![CDATA[<p>キーワード：ソーシャル, リアル, 丹下健三, 情報通信技術</p>]]>
        <![CDATA[<p><img src="http://zerobase.jp/blog/2011/12/23/tange_kenzo.jpeg" alt="丹下健三" title="" /></p>

<p>「ソーシャル」と言ったときに重要なのは「会うこと」です。対面、面会、会合。</p>

<p>「ソーシャルメディアが発達すれば、会わなくても人間関係を構築できる」ってのは、まあ嘘ではないんですが、弱いと思うんですね。あんまり好きじゃないです、個人的には。</p>

<p>建築家の丹下健三が50年前に指摘しています：</p>

<blockquote>
  <p>ひとは、オーガニゼイション・マンは孤独であると訴える。しかしこのネットワークから見放されるとき、さらに孤独である。人々はそれに結びつこうとして結集する。電話、ラジオ、テレビ、さらに携帯電話、テレビ電話などの間接的コミュニケーションの手段も、直接的接触の要求と必要性をますます誘発するだけである。人々はメッセージを運搬し、機能相互を連絡しようと、流動する。この流動こそ、この組織を組織たらしめている紐帯である。1000万都市はこの流動的人口集団である。</p>
  
  <p>丹下健三『東京計画1960』</p>
</blockquote>

<p>というわけで、情報通信技術が発達しても「生身で人に会うこと」を省略しないほうがいいと思うんです。というか丹下さんは「直接的接触の要求と必要性をますます誘発する」と書いてます。「生身で人に会うこと」は「省略」なんかできない。もっと促進されるんだと。ぼくもそう思いますし、そういう社会であってほしい、そういう社会にしていきたいと思います。</p>

<p>この文脈で、商売においても「ユーザーと生身で向き合う事」は商売の<em>真っ当さ</em>につながると思うんですね。<a href="http://zerobase.jp/blog/2011/12/post_102.html">生身でユーザーに向き合う真っ当さ（例えばニコニコ動画）</a>と書いたのはそういう意味です。</p>

<p><a href="http://zerobase.jp/blog/2011/12/post_105.html">ソーシャル・メディアで「お互いに顔の見える商取引」が復活します</a>。ソーシャル・コマースなら、なおさら「生身で向き合う事」が大事になってきます。</p>

<p>情報通信技術が発達しても、お客さんと生身で向き合うことを「省略」するのは、なんか違うよなあ、と思うんです。むしろ以前よりも生身で向き合いやすくなった。ソーシャル・メディアによって<em>顔の見える存在</em>（固有名をもった唯一の存在）として買い手と売り手が向き合いやすくなったんです。</p>

<p>「生身で向き合う事」は販売や運用といったフェーズで実践されるものだと思われがちです。しかし商品開発の段階からユーザーに「生身で向き合う事」は大事なんです。そのための方法がエスノグラフィやワークショップだったりしますが、詳しくはまた別の機会に。</p>
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    <title>生身でユーザーに向き合う真っ当さ（例えばニコニコ動画）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://zerobase.jp/blog/2011/12/post_102.html" />
    <id>tag:zerobase.jp,2011:/blog//3.1272</id>

    <published>2011-12-23T00:46:08Z</published>
    <updated>2011-12-23T07:39:11Z</updated>

    <summary>「生身でユーザーに向き合う事」ができる商売って傾向として「真っ当」であると思うんです。例としてニコニコ動画を取りげます。</summary>
    <author>
        <name>石橋秀仁</name>
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    <category term="ニコニコ" label="ニコニコ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="リアル" label="リアル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://zerobase.jp/blog/">
        <![CDATA[<p>概要：「生身でユーザーに向き合う事」ができる商売って傾向として「真っ当」であると思うんです。例としてニコニコ動画を取りげます。</p>]]>
        <![CDATA[<p>キーワード：ニコニコ, バーチャル, リアル</p>]]>
        <![CDATA[<p>［編集註：元のタイトルは「生身でユーザーに向き合う「ソーシャル・コマース」の真っ当さ（例えばニコニコ動画）」でした。ですが読み返すと「ソーシャル・コマース」はおかしかったので、タイトルを変更し、本文も訂正しました。］</p>

<p><img src="http://zerobase.jp/blog/2012/12/nico_5th.jpg" alt="ニコニコ動画5周年「原点回帰」" title="" /></p>

<p>「ユーザーに社員が<em>生身</em>で向き合えるかどうか」が、<em>真っ当</em>な商売をしてるかどうかを見分ける一つの基準になるんじゃないかと思うんです。とくに会わずに済ませることもできるウェブ産業では。</p>

<p>後ろめたい商売をしてると、生身でユーザーに向き合うのが怖かったりするわけですよ。</p>

<p>ユーザーを会社に呼んだり、インタビューしたり、イベントに社員が登壇したりできる会社って<em>真っ当</em>な商売をしている蓋然性（確からしさ）が高いんじゃないかなあと。</p>

<p>「ニコニコ動画」はそういう意味で良い例だと思うんですね。一見するとウェブ上「バーチャル」に閉じた商売をしてるように見える。でも、けっこう「リアル」な空間でユーザーと向き合ってるんですね。</p>

<p>ニコニコ動画は頻繁にリアルな会場でイベントをやってます。イベントに社員が登壇して、観客（ユーザー）の声援が飛ぶ。社員が何人ものユーザーの名前や顔を知っていて、イベント会場にやってくるユーザーもいる。</p>

<p>例えば<a href="http://live.nicovideo.jp/watch/lv72117885">『原点回帰』ニコニコ動画5周年記念新サービス発表会（仮）</a>を見ていると、なんかインディーズバンドのライブみたいな距離感だなあと。</p>

<iframe width="312" height="176" src="http://live.nicovideo.jp/embed/lv72117885" scrolling="no" style="border:solid 1px #CCC;" frameborder="0"><a href="http://live.nicovideo.jp/watch/lv72117885">『原点回帰』ニコニコ動画5周年記念新サービス発表会（仮）</a></iframe>

<p>元ベルファーレのイベントスペース「<a href="http://nicofarre.jp/">ニコファーレ</a>」でもユーザーと会う接点を持っているようです。</p>

<p>「<a href="http://nicohonsha.jp/">ニコニコ本社</a>」というアミューズメントパーク的な場所もあるんですが、ぼくはまだ行った事がありません。ここでも社員とユーザーの接点があったりするんでしょうか。ご存じの方は教えてください。いずれ自分でも行くつもりですが。</p>

<h2>リンク</h2>

<ul>
<li><a href="http://info.nicovideo.jp/nico5th/">ニコニコ動画は5周年！！|ニコニコ動画</a></li>
<li><a href="http://zerobase.jp/blog/2011/12/social_face.html">ソーシャル・メディアが発展しても「生身で向き合う事」は大事です</a></li>
<li><a href="http://zerobase.jp/blog/2011/12/post_105.html">ソーシャル・メディアで「お互いに顔の見える商取引」が復活します</a></li>
<li><a href="http://zerobase.jp/blog/2011/12/1.html">第1回ニコニコ学会βシンポジウムは「想定外」と「生成力」と「ベータ版」</a></li>
</ul>
]]>
        

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    <title>第1回ニコニコ学会βシンポジウムは「想定外」と「生成力」と「ベータ版」</title>
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    <id>tag:zerobase.jp,2011:/blog//3.1271</id>

    <published>2011-12-22T07:18:29Z</published>
    <updated>2011-12-22T08:01:09Z</updated>

    <summary>第1回ニコニコ学会βシンポジウム（2011年12月6日）に参加しました。何度も登場した「想定外」というキーワードを「生成力」という概念で解釈しました。アーキテクチャのデザインプロセスについては「永久にベータ版」という概念をもとに理解しました。</summary>
    <author>
        <name>石橋秀仁</name>
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    </author>
    
    <category term="アーキテクチャ" label="アーキテクチャ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="ニコニコ" label="ニコニコ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://zerobase.jp/blog/">
        <![CDATA[<p>概要：第1回ニコニコ学会βシンポジウム（2011年12月6日）に参加しました。何度も登場した「想定外」というキーワードを「生成力」という概念で解釈しました。アーキテクチャのデザインプロセスについては「永久にベータ版」という概念をもとに理解しました。</p>]]>
        <![CDATA[<p>キーワード：ニコニコ学会β, シンポジウム, ニコニコ動画, 想定外, 生成力, 永久にベータ版</p>]]>
        <![CDATA[<p><img src="http://zerobase.jp/blog/2011/12/22/niconico_gakkai_beta.gif" alt="ニコニコ学会β" title="" /></p>

<p><a href="http://niconicogakkai.jp/">ニコニコ学会β</a>の第1回シンポジウム（2011年12月6日）に「個人スポンサー」として参加させて頂きました。楽しんで学ぶことができました。わずかな参加枠に招待してくださった江渡さん(<a href="http://twitter.com/eto">@eto</a>)に感謝しています。余談ですが「個人スポンサー」の特典として<a href="http://niconicogakkai.jp/">ニコニコ学会βウェブサイト</a>の末尾（フッタ）にTwitterアイコンを載せて頂きました。</p>

<h2>「生成力」と「想定外」</h2>

<p>さて、ぼくなりに今回のシンポジウムを振り返ってみますと、シンポジウムを通じて、セッションを超えて、何度も何度も「想定外」というキーワードが出てきたことが印象的でした。ぼくは「想定外」というキーワードを「生成力」に関する議論の文脈で理解しました。</p>

<p>余談ですが、当然ながら後のセッションの方は、前のセッションで出てきた「想定外」という言葉を引用して喋っているわけです。つまりシンポジウムの構成が引き出した、ある種の「編集」の成果としてのキーワードだと思います。今回のシンポジウムに「基調講演」はありませんでしたが、「基調」となるコンセプトが早い段階で提示されることになったと思います。</p>

<p>「生成力」 (generativity) はジョナサン・ジットレインが提出した概念です。ウェブ上の情報としてはアンカテさんの<a href="http://d.hatena.ne.jp/essa/20100222/p1">ウサギとカメと生成力</a>という記事が参考になります。ちなみにTEDに面白いスピーチがありますよ（約20分）：<a href="http://www.ted.com/talks/lang/ja/jonathan_zittrain_the_web_is_a_random_act_of_kindness.html">ジョナサン・ジットレイン 「親切に支えられたWeb」</a></p>

<p>アーキテクチャの生成力が高まると、アーキテクトが設計時には想定していなかったような（想定外の）現象も起こります。「想定外」はしばしば「予期せぬ成功」（ドラッカー）になります（もちろん「予期せぬ失敗」にも）。</p>

<p>大事なのは「想定外」の「予期せぬ成功」を取り込んでアーキテクチャをリデザイン（再設計 redesign ）することです。つまりインタラクティブなデザインが大事なのです。あ、「インタラクション・デザイン」という言葉を知っている人は、混同しないでくださいね。ここでいう「インタラクティブ」はデザインプロセスにおけるユーザーとデザイナーとのインタラクティビティのことです。</p>

<h2>closed-ended な工業製品のデザインと、open-ended なウェブのデザイン</h2>

<p>このことについてコンセントの長谷川さん (<a href="http://twitter.com/ahaseg">@ahaseg</a>) と懇親会で議論する機会があったのですが、 "open-ended" と "closed-ended" という言葉で説明して頂きました。</p>

<p>工業製品（あるいは工業時代の製品）は「製造」や「販売」の前にデザインが終了しています。つまり "closed-ended" なデザインプロセスです。</p>

<p>しかし我々のような「ウェブ開発者(*1)」にとっては、リリース（提供開始）後もデザインプロセスは終わりません。むしろリリース後の改善こそ大事です。デザインに「終わり」がないという意味で "open-ended" なデザインプロセスです。</p>

<p>*1 「ウェブ開発者」にはエンジニア以外も含みます。デザイナー、情報アーキテクト、プランナー、ディレクターなど。詳しくは「<a href="http://wiki.zerobase.jp/web">ウェブ</a>」の用語解説ページ。</p>

<h2>リリースしてからリサーチし、プロダクトでプロトタイピングする</h2>

<p>デザインにおいては「ユーザーが実際にどう使うか」という情報こそ大事です。しかし「実際の使われ方」を「観測」するためには実際にリリースする必要があります。リリース前には「観測」できず、あくまで「予測」することしかできません。</p>

<p>もちろん、予測精度を高めるために様々なデザイン・リサーチ方法があります。試作を通じて「実際の使われ方」とほぼ同等のフィードバックを得るためにプロトタイピングという手法もあります。しかし...</p>

<p>「デザイン・リサーチ」や「プロトタイピング」は工業時代・大量生産時代のデザイン手法です。ウェブサービスを開発するなら、もっといいやり方がある。</p>

<ul>
<li><em>リリースしてからリサーチ</em>すればいい。</li>
<li><em>プロダクトでプロトタイピング</em>すればいい。</li>
</ul>

<p>ふつうとは逆ですね。意味が分からないかもしれません。ティム・オライリーが大昔に同じようなことを言ってます：</p>

<blockquote>
  <h3>永久にベータ版</h3>
  
  <p>デバイスとプログラムがインターネットに接続されている今日では、アプリケーションはもはやモノではなく、間断なく提供されるサービスである。したがって：新機能はリリースという形でまとめて提供するのではなく、通常のユーザー経験の一部として、日常的に提供していこう。サービスを提供する際は、ユーザーをリアルタイムのテスターと位置付け、新機能がどのように使われているかを観察しよう。
  <a href="http://japan.cnet.com/sp/column_web20/20090424/4/">Web 2.0：次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル</a></p>
</blockquote>

<p>ティム・オライリーがこの文章を書いたのは2005年。「ラットイヤー」（死語）で6年前ってことは「大昔」ということです。これを読んで「目から鱗が落ちた」人は、ちょっと焦った方がいいかもですね...</p>

<p>ちなみにセカンドセッション「作るアーキテクチャを作る」でニコニコ動画開発総指揮の戀塚氏が語っていた「NG共有機能」や「タグ」のデザイン論は興味深いものでした。ニコニコ動画はまさに「永久にベータ版」を実践しています。これほどインタラクティブにリデザインし続けているウェブサービスは、そうそうない。</p>

<h2>クローズドテストとオープンリリースの曖昧な境界</h2>

<p>「ベータ」とかいうと「そんな未完成のものを世に出していいのかしら？」と心配する方もいらっしゃるでしょうから、そんな心配性の方のために捕捉しておきましょう。</p>

<p>もしあなたが「完成度の低いものをリリースできない」というなら、協力的な社内外のモニターに限って、人数も限定して使ってもらう「クローズド・ベータテスト」というリリース方法があります。そこから段階的に広げていけばいいのです。</p>

<p>ウェブにおいては「クローズドテスト」と「オープンテスト」の境界を曖昧にすることができます。「ベータ版」と「正式版」の境界も曖昧にできます。「クローズド・ベータテスト」から徐々に広げていけば、「いつのまにかオープンしていた」というふうに移行することができます。</p>

<p>もちろんお好みならば大々的に「正式リリース」すればいいし、なんならテープカットの式典をして頂いても構いません。ご一報頂ければ私から祝電をお送りします。</p>

<p>ほらね、心配しなくても「ルビコン川を渡る」ような一大決心は不要です。一歩一歩着実に足場を固めつつ、踏み出す一歩ごとのリスクを限定しながら前進できます。よくビジネス書とかに書いてありそうな言葉で言えば「リスクは避けるものではなくコントロールするものだ」みたいな。</p>

<h2>永久に不完全</h2>

<p>「永久にベータ版」ってのは言い換えると「永久に不完全」ってことです。</p>

<p>この世に存在するほとんどすべての人工物（人が作った物）に共通する特徴は「不完全」であることです。誰かがそれに「不満」を頂き、それゆえ改善の余地があるという意味で「不完全」なのです。</p>

<p>あなたのデザインが「完全」になることは永久にありえません。あなたは必ず「不完全」なデザインをリリースすることになります。「完全」になる前にデザインを中断せざるをえない。これは避けられない宿命です。</p>

<p>もし「完全になってからリリース」しようと思ったら永久にリリースできません。デザインは常に不完全なまま中断される。これはデザインの原理として覚えておいていいことです。</p>

<p>言い換えると「完全」じゃないのに「完成」してしまうのが人工物というものです。</p>

<p>「完成」は常に恣意的で偶有的（べつにそこで「完成」させる必然性は無い）です。だって「完成」は「中断」でしかないのですから。</p>

<p>「中断」の理由は「見切り」だったり「諦め」だったり「力尽きた」だったり「時間切れ」だったり「予算切れ」だったり「orz」だったりと様々でしょう。すべてに共通するのは人為的で恣意的で偶有的であるということです。あ、作者が不慮の事故で亡くなって、みたいな「未完」は別ですけどね。</p>

<p>要するに「完成」は「必然的」ではない、ということが言いたいんです。ちなみにプロとしては「見切り」で「完成」させたことにしておくのがかっこいいらしいです。</p>

<p>とデザインの「完全性」について語ってみましたが、もしこれが「呪い」に聞こえるとしたら、あなたはプラトニックな二元論者かもしれませんね。ぼくは「完全性などという呪縛から解放されて自由になろう」と言ってるつもりです。</p>

<p>ぼくの考えでは、デザインの「完全性」という考え方はプラトン的・イデア論的です。「完全なデザインには改善の余地がない」という考え方からはイデア臭がします。「大きさを持たない点」「幅を持たない直線」で幾何学を論じる論法に似てます。</p>

<p>実在しない理想的な「完全性」をでっちあげて、それとの比較で人間の不完全さを嘆くというのは典型的な二元論・イデア論ですね。幾何学は単に道具として抽象概念を使ってるだけですが、それが理念になっちゃうと「不完全」な世界に生きる者としてはつらいです。ぼくはイデア論が嫌いです。</p>

<p>お気づきかもしれませんが、前述の "closed-ended/open-ended" について違う確度から論じてみました。イデア論的な「完全性」の呪縛から自分を解放できたら、次にやるべきことは "open-ended" なデザイン、インタラクティブなデザインの実践じゃないかなーと。</p>

<h2>学会もベータ版</h2>

<p>ちなみに「ニコニコ学会β」も「ベータ版」ですね。この世に「完全」な人工物などほとんどないのですから「学会もベータ版」というのは圧倒的に正しいと思います。</p>

<p>「参加者減少に歯止めがかからず研究者に提供する価値が問われる学会」ってCOBOLのレガシーシステムみたいなもんでしょうかね。数十年前に設計されて耐用年数来てる感じの。</p>

<p>ニコニコ学会は永久にベータ版である限り価値を失わないでしょう。と思ったら5年で終わるらしいです。それも逆に興味深いですねえ。</p>

<blockquote>
  <p>ニコニコ学会βには終わりがあります</p>
  
  <p>学会は長く続く方がいいと考えられてきたことには理由があります。</p>
  
  <p>それは、学会は研究の価値を守るためのものであり、力を備えている必要があるからです。</p>
  
  <p>しかし、長く続くことの弊害もあります。</p>
  
  <p>それは、環境の変化に対応しにくいことです。</p>
  
  <p>ニコニコ学会βは、5年間活動を続けます。そして、活動を終えます。</p>
  
  <p>その後どうなるかは、我々にもわかりません。</p>
  
  <p><a href="http://niconicogakkai.jp/about.html">ニコニコ学会β ｜ ニコニコ学会とは</a></p>
</blockquote>

<h2>懇親会</h2>

<p>懇親会ではコンセントの長谷川さんと「インフォメーション・アーキテクチャ」「アーキテクトの公共的責任」などについて、malaさん (<a href="http://twitter.com/bulkneets">@bulkneets</a>) と「ウェブ開発者の育成」「プライバシーとアイデンティティ」などについて、たっぷり議論できました。とても有意義でした。</p>

<h2>余談</h2>

<p>もう一つ第1回シンポジウムで印象的だったのは「創作の報酬はお金じゃない」というメッセージでした。クリプトン・フューチャー・メディア社長の伊藤さんや、研究20連発の宮下先生や、第5セッション「研究してみたマッドネス」の研究者達から、その力強いメッセージを受け取りました。</p>

<h2>ニコ生アーカイブ</h2>

<iframe width="312" height="176" src="http://live.nicovideo.jp/embed/lv72478844" scrolling="no" style="border:solid 1px #CCC;" frameborder="0"><a href="http://live.nicovideo.jp/watch/lv72478844">第1回ニコニコ学会βシンポジウム inニコファーレ</a></iframe>
]]>
        

    </content>
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<entry>
    <title>ソーシャル・メディアで「お互いに顔の見える商取引」が復活します</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://zerobase.jp/blog/2011/12/post_105.html" />
    <id>tag:zerobase.jp,2011:/blog//3.1270</id>

    <published>2011-12-21T13:04:35Z</published>
    <updated>2011-12-23T08:03:44Z</updated>

    <summary>ソーシャル・メディアで「お互いに顔の見える商取引」を推進したい。商取引に人間性・人間味を取り戻したい。それってウェブにできる「善いこと」だと思うんです。</summary>
    <author>
        <name>石橋秀仁</name>
        <uri>http://zerobase.jp/ishibashi/</uri>
    </author>
    
    <category term="コマース" label="コマース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="ソーシャル" label="ソーシャル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="マーケティング" label="マーケティング" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="メディア" label="メディア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://zerobase.jp/blog/">
        <![CDATA[<p>概要：ソーシャル・メディアで「お互いに顔の見える商取引」を推進したい。商取引に人間性・人間味を取り戻したい。それってウェブにできる「善いこと」だと思うんです。</p>]]>
        <![CDATA[<p>キーワード：コマース, ソーシャル, マーケティング, メディア</p>]]>
        <![CDATA[<p>【編集註：もとのタイトルは"「ソーシャル・コマース」の公共的価値は「入替不可能な人間関係に基づく商取引」を復活させること"となっていましたが、堅苦しいので変えました。】</p>

<p><img src="http://zerobase.jp/blog/2011/12/21/IMG_0824.jpg" alt="ソーシャル・コマース→入替不可能な人間関係に基づく商取引" title="" /></p>

<h2>前置き</h2>

<p>そこそこ長い話をします。約5千字の文章です。本題から入らないので回りくどく感じるかもしれません。日本人の平均読書速度は400〜600字／分らしいです。読むのに10分くらいかかりそうですね。時間のあるときにでも読んで頂けると嬉しいです。では本文をどうぞ。</p>

<h2>「市場」というフィクション</h2>

<p>「ソーシャル・コマース」について考えているうちに、「マーケティング」という言葉へ違和感を持つようになりました。</p>

<p>「マーケティング」の人間観は、近代経済学が抽象化・匿名化した「経済人」（ホモ・エコノミクス）なんですね。「経済人」は「顔の無い人々」です。そういう「経済人」が「市場」で商品を売買する、という抽象的な議論をしてきた。</p>

<p>いきなり難しい話をして恐縮ですが、ちゃんと読めば伝わるように丁寧に書きますので、ついてきて頂けると嬉しいです。分からなかったらコメントしてください。</p>

<p>言うまでもなく「しじょう」と「いちば」は別の概念です。</p>

<p>「市場」って、最初は学問上の道具として作られた「フィクション」だったと思うんですね。数学的に扱うためには現実の世界を抽象化・モデリングしないといけませんから。</p>

<p>最初に「市場」という概念を作った経済学者達は、「それくらい単純化したほうが議論しやすいよね」とか言って道具として使うようになったんじゃないでしょうか。ベタに「市場がある」「市場は実体だ」とか思ってる人はいなかったんじゃないかなあ。</p>

<p>そのへん理解してない人がいたら「チミチミ、市場なんて実在してないから（笑）」「実際の人間って、もっと複雑だから（笑）」とか半笑いで指摘されてたと思うんですよね。</p>

<h2>「マーケティング」の人間疎外</h2>

<p>でも、いつのまにか「市場というものが実在する」「市場は実体である」と考える人が出てきたんでしょうか。20世紀に経済活動は「マーケティング的」になってきました。</p>

<p>結果として「人間疎外」が起こった。商売から「人間性が失われた」という意味です。</p>

<p>言うまでもなく「マーケティング(marketing)」と、経済学の「市場(market)」には密接な関係があります。</p>

<p>「マーケティング」では「一人ひとりの人間」ではなく「かたまり（マス）」として人間を取り扱います。その「かたまり」を属性（年齢、性別、年収、...）で分類していくのが「セグメンテーション（分割）」です。これが「マス・マーケティング」ですね。</p>

<p>属性で記述される（属性化される）ことによって買い手は「顔」を失って、匿名化されます。そのとき売り手自身も顔（唯一性、ユニークネス）を失います。</p>

<p>マーケティングでは、市場／買い手のかたまり（マス）を属性で分割して、「ターゲット（対象）」を決めたうえで、自社の「ポジション（位置）」を決める。この「ポジション」は属性で定義されるので、売り手は自らを属性化していることになるわけです。</p>

<p>競合のいないポジションをとれば「ユニークなポジショニング」なのですが、後発が同じ「ポジション」に参入してきたら、もう「ユニーク」ではないんです。あくまで一時的（テンポラリー）な「ユニークネス」（唯一性）に過ぎない。それって本質的には「ユニーク」じゃないですよね。</p>

<p>たとえ話で説明します。「君のように若くて賢くて美しい女性は一人しかいない！」という理由で好きになったあとで、もっと若くて、もっと賢くて、もっと美しい女性が出てきたら乗り換えるのか。乗り換えるなら「ユニーク」ではないわけです。<em>入替可能</em>な関係性といってもいいです。「若いから」「賢いから」「美しいから」ではなく「あなた（という存在）を愛してる」のが「ユニーク（唯一）」な愛情だし、<em>入替不可能</em>な関係性ということです。</p>

<p>関係性は相互的です。簡単に言えば「お互い様」。自分が相手を入替可能だと思ってるときは、相手にとっての自分も入替可能な存在になってしまいますね。例えば「もっとイケメン」「もっとたくましい」「もっと金持ち」な男に奪われてしまうかもしれない。逆に「入替不可能な関係性」とは、お互いが相手を「入替不可能」と思っている関係性のことです。</p>

<p>で、そういう意味で「ユニーク」で「入替不可能」なのって「ポジショニング」では実現できないと思うんですね。例えば格安PC通販で急成長した「デル・モデル」は当初「ユニークなポジショニング」でしたが、もはや模倣されまくってユニークでもなんでもないわけです。</p>

<h2>「ブランディング」と「マーケティング」は水と油</h2>

<p>買い手を属性化・匿名化する「マーケティング」の推進は、売り手自身をも匿名化してしまう。その「じり貧」を避けるために「ブランディング」という方法が開発されたのでしょう。マッチポンプですね。</p>

<p>なかなか「ブランディング」が上手くいかない会社は多いと思うんですよ。その理由は「ブランディング」が「マーケティング」とは水と油の関係だからではないかなあと。</p>

<p>人間を属性化・匿名化する「マーケティング」と、唯一性（ユニークネス）をイメージしてもらうための「ブランディング」。大元の考え方（原理）からして真逆なんじゃないかなあ。そんな風に思います。</p>

<h2>「顔の見える商売」に抜け落ちてきたもの</h2>

<p>「商売」の人間性を回復したいと思います。そのためには「顔の見える商売」を復活させる必要があると考えています。</p>

<p>これまでも「顔の見える商売」という思想がさかんに言われてきました。「御社のブランド・パーソナリティを伝えるために『顔の見える関係』を作りましょう」といった「ブランディング」の文脈ですね。</p>

<p>でも、そこで「顔を見せる」のは「売り手」だけなんですね。これまでは「売り手の顔が見える」ことだけが重視されてきました。</p>

<p>「売り手」だけが「顔を見せる」ことで「顔の見える商売」って言えるのでしょうか。それって「人間的」でしょうか。そんな疑問が出てきたのです。</p>

<h2>「手売り」で買い手の顔も見える関係性に</h2>

<p>「売り手」が顔を見せるだけでは足りない、とぼくは思います。「買い手」の顔も「売り手」に見えるようでなくては。それが対等な人間関係というものでしょう。</p>

<p>つまり「手売り」の復活が必要だと思うのです。</p>

<p>もののたとえで「手売り」と言ってるので、「通販はダメ」と言いたいわけではありませんよ。でも「対面」には大きな意味がある、とも思います。<a href="http://zerobase.jp/blog/2011/12/social_face.html">ソーシャル・メディアが発展しても「生身で向き合う事」は大事です</a>。</p>

<p>ぼくは「ソーシャル・コマース」という言葉を「<em>人間関係に基づく商取引</em>」と定義します。言い換えると「<em>お互いに顔の見える商取引</em>」です。</p>

<p>余談ですが「ソーシャル(social)」という言葉は「人間関係に基づく」「社交的」などの意味ですね。「ソーシャル・メディア(social media)」は「社会的メディア」ではなく「社交的メディア」「人間関係メディア」です。</p>

<p>漠然とした「かたまり」として「社会」のようなものを考えるのは、じつは「ソーシャル」と大きくズレている考え方ですね。「ソーシャル」を「社会」と訳したり解釈したりするのは、止めた方がいいと思います。少なくとも「ソーシャル・メディア」などの文脈では。</p>

<h2>「ソーシャル・メディア・マーケティング」と「ソーシャル・コマース」の本質的な違い</h2>

<p>ちまたでは「ソーシャル・コマース」という言葉が流行っています。</p>

<p>しばしば買い手の顔も見えていないのに「ソーシャル・コマース」と呼んでいる場合が多いようですね。ぼくが定義した意味での「ソーシャル・コマース」とは別物ですね。</p>

<p>例えば「ソーシャル・メディアで特価情報を流して新規客を開拓する」のは「ソーシャル・コマース」ではない可能性が高い。「ソーシャル・メディア・マーケティング」ではありますが。</p>

<p>「特価」で来るお客さんは価格という属性に注目するし、売り手も自身の唯一性を捨てて価格という属性だけを伝えている。要するにマーケティング、セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングなんですね。</p>

<p>その先に「ソーシャル」な人間関係はあるのかなあ。たぶん無いと思うんですよね。「特価で一度買ったご縁で末永いおつきあい」なんて聞いたことないです。</p>

<p>ソーシャル・メディアを「マス・メディア」のように使って「マス・マーケティング」のようなことをしてるのを「ソーシャル・コマース」とは呼びたくないですねえ。過渡期には言葉が混乱するものですが、ちゃんと別物には別の名前を与えて区別した方がいいと思うんです。</p>

<p>「ソーシャル・メディア・マーケティング」は「ソーシャル・メディアを用いたマーケティング」ですね。だからFacebookやTwitterを使っていれば、やってることが「マス・マーケティング」でも「ソーシャル・メディア・マーケティング」と呼んでいい。これは妥当です。</p>

<p>大事なのは「ソーシャル・メディア」を使っているからといって「ソーシャル」（人間関係に基づく）とは限らない、ということです。</p>

<p>「マス・マーケティング」の思想のままでソーシャル・メディアを使って「マーケティング」しているなら、それは「ソーシャル・メディア・マーケティング」であって、ぼくが定義した意味での「ソーシャル・コマース」とは別物なんです。</p>

<p>べつにぼくが「ソーシャル・コマース」という言葉を「所有」してるわけじゃないから、みなさんがぼくの定義に従う必要はないんですけどね。</p>

<h2>買い手と売り手の入替不可能な関係性</h2>

<p>「ソーシャル・コマース」（人間関係に基づく商取引）はウェブで徹底的に価格比較する「賢者の買い物」の対極にあります。</p>

<p>「匿名の消費者」から「顔の見える買い手」になることで、売り手と買い手は「のっぴきならない人間関係」になります。<em>入替不可能</em>な関係性です。</p>

<p>「顔の見える／顔を見せる買い手」は「顔の見える／顔を見せる売り手」から買うときには、価格だけを見たりしませんね。ウェブで1割安く買えるとしても「その人」から買う。売り手も面倒くさいサポートを親身になってする。</p>

<p>このような「入替不可能な関係にもとづく商取引」がソーシャル・コマースの未来形だと思ってます。</p>

<h2>ソーシャル・コマースは商売の原点回帰</h2>

<p>ソーシャル・コマースの「未来形」は、じつは「従来形」なんです。昭和の商売って今よりずっと「ソーシャル」だったわけで。言ってみれば「商店2.0」みたいな感じです。</p>

<p>たとえば昭和の電器店。「無料で電球交換に来てくれるから、テレビを買い換えるときも石橋さんのところで」という売り手と買い手の関係性。これは<em>入替不可能</em>な人間関係に基づく商取引であって、ぼくの定義する「ソーシャル・コマース」そのものです。</p>

<p><em>「ソーシャル・コマース」の本質は「ソーシャル・メディア」には無い</em>んです。商売の在り方や思想の問題です。メディアは人間の能力を拡張するだけ。能力ではなく、在り方や思想の問題として「ソーシャル」かどうかが問われるのです。</p>

<p>「ソーシャル」（人間関係を重んじる、社交的）でない人は、ソーシャル・メディアを使っても「ソーシャル・コマース」できません。「ソーシャル・メディア・マーケティング」はできるかもしれませんが。</p>

<p>さらに大事なのは<em>ソーシャルな価値（観）を重んじることが買い手にも要求される</em>んですよ。買い手が「電球交換しに来てくれるし、値段なら新宿の量販店が安いけど、まあ石橋さんのところから買おうかね」という態度でないと、ソーシャル・コマースって成立しないわけです。ウェブで最安価格を検索してその瞬間に一番安い売り手から買うような人は「ソーシャル・コマース」できない。</p>

<p>「ソーシャル・コマースの進化」は、ぼくから見ると「バージョンアップしながらの原点回帰」なんです。「商店2.0」へのバージョンアップで追加された新機能は、もちろん「ソーシャル・メディア」です。</p>

<h2>心地よい商取引の前提になる近接性と包摂性</h2>

<p>ソーシャル・メディアが無かった時代のソーシャル・コマースについて考えると、共同体（コミュニティ）や結社（アソシエーション）の近接性・包摂性に注目することができます。</p>

<p>難しい言葉を使ってしまいましたが「近所」「顔なじみ」「知り合いの知り合い」という「近さ」が「近接性」です。「近接」は「近くて接してる」ということ。住んでる場所が物理的に近かったり、人間関係的に近かったり。</p>

<p>そして「包摂」とは「包み込む」「受け入れる」ということ。ソーシャル・コマースは近接性を前提とした日々のおつきあい（社交）の延長にあります。お互いに相手を受け入れ、お互い様の精神、持ちつ持たれつの精神で助け合う「相互扶助」があります。これが「包摂性」です。昔の商店主と地元住民の関係って、こんなふうだったと思うんですよねえ。</p>

<p>さっき「ソーシャルな価値（観）を重んじることが買い手にも要求される」と書きましたよね。「電球交換しに来てくれるし、値段なら新宿の量販店が安いけど、まあ石橋さんのところから買おうかね」っていう買い手の態度。これを可能にするのは「お互い様の精神」「持ちつ持たれつの精神」なんですよ。</p>

<h2>スロー・フードとソーシャル・コマース</h2>

<p>ソーシャル・コマースは「スロー・フード」に似ていると思いませんか？</p>

<p>買い手と売り手が取引毎に取引相手を変えるのではなく、顔の見せる人間関係に基づいて、長期的な信頼関係に基づいて、安心して取引できること。これを農業でやればスロー・フードですね。</p>

<p>ここで「スロー・コマース」とかまた言葉を使っても仕方ないので「ソーシャル・コマース」でいきますが。気分としては「スロー」ですね。</p>

<p>「ソーシャル・コマース」がもっと進化すれば、「共同体で顔馴染みの商店から物を買うような体験」になっていくはずです。それは「ソーシャル・メディア・マーケティング」とはまったく別物です。</p>

<p>いや、これは未来予測ではなく、そのような未来を作りたいというぼくの意思です。「マーケティング」から「ソーシャル・コマース」へ。商売に人間性の回復を。</p>

<h2>余談</h2>

<p>先日こういう内容をツイートしたら、たくさんの「お気に入り」やリツイートをして頂けました。とても嬉しいです。社会的・公共的な言葉で「価値（観）」を訴求して、それに共感してもらえるのは本当に嬉しいです。</p>

<p>お金とかマーケティングとかのためにツイートとかブログ書いたりしてるんじゃないんです。ぼくのツイッターのプロフィールは：</p>

<blockquote>
  <p>ウェブ・アーキテクトです。ウェブ開発や新規事業開発の専門家として事業・サービスのプロトタイピングを実践しています。モットーは「未来のふつうをつくる」「思想を実装する」「善いことをして稼ぐ」です。ウェブ開発に関する批評や教育も。茶会人訪問を開発してます。 @chakaijinjp</p>
</blockquote>

<p>となってるんですが、要するに「未来のふつうをつくる」「思想を実装する」「善いことをして稼ぐ」のが目的なんです。なので<em>価値を訴求</em>したいんです。べつにぼくに仕事を依頼してくれなくてもいいんです。同じ志を持つ人が増えたら嬉しい。そう、<em>同志</em>です。そのうえで「同志」と仕事ができることはとても素晴らしいと思ってるんです。</p>

<p>ぜひ反応を頂きたいです。この記事のコメント欄でも、ツイッターでも、Facebookのページでも。</p>

<h2>リンク</h2>

<ul>
<li><a href="http://zerobase.jp/blog/2011/12/post_102.html">生身でユーザーに向き合う真っ当さ（例えばニコニコ動画）</a></li>
<li><a href="http://zerobase.jp/blog/2011/12/social_face.html">ソーシャル・メディアが発展しても「生身で向き合う事」は大事です</a></li>
<li><a href="http://zerobase.jp/blog/2011/02/post_95.html">ソーシャルウェブのエートス〜〈無情社会〉を避ける「お互い様」の精神</a></li>
<li><a href="http://zerobase.jp/blog/2011/09/post_98.html">ウェブ（情報空間）を「物質空間と同等に重要な生活環境」に格上げするウェブ・アーキテクト</a></li>
<li><a href="http://twitter.com/zerobase">Twitter: @zerobase</a></li>
<li><a href="https://www.facebook.com/zerobase.ishibashi">Facebook: 石橋秀仁</a></li>
</ul>

<h2>補足：プライバシーについて</h2>

<blockquote>
  <p>「匿名の消費者」から「顔の見える買い手」になることで、売り手と買い手は「のっぴきならない人間関係」になります。入替不可能な関係性です。</p>
</blockquote>

<p>と書きました。ソーシャル・コマースは買い手の「匿名性」を奪います。つまりプライバシーの問題があるわけです。顔の見える関係でTENGAを買う勇気はありません。引き続きアイデンティティとプライバシーの問題についても考えていきたいと思います。</p>
]]>
        

    </content>
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    <title>弱者としての起業家を知ってください</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://zerobase.jp/blog/2011/12/post_104.html" />
    <id>tag:zerobase.jp,2011:/blog//3.1269</id>

    <published>2011-12-15T14:13:00Z</published>
    <updated>2011-12-17T18:06:43Z</updated>

    <summary>多くの起業家は、不器用にしか生きられないので起業します。能力も、経験も、心構えもないままに独立起業して、孤独に社会と対峙します。そして多くが失敗します。</summary>
    <author>
        <name>石橋秀仁</name>
        <uri>http://zerobase.jp/ishibashi/</uri>
    </author>
    
    <category term="人類学" label="人類学" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="社会学" label="社会学" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="起業" label="起業" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://zerobase.jp/blog/">
        <![CDATA[<p>概要：多くの起業家は、不器用にしか生きられないので起業します。能力も、経験も、心構えもないままに独立起業して、孤独に社会と対峙します。そして多くが失敗します。</p>]]>
        <![CDATA[<p>キーワード：起業, 弱者, セイフティネット, 上場, 実存的</p>]]>
        <![CDATA[<p><img src="http://zerobase.jp/blog/2011/12/15/IMG_0815.jpg" alt="起業家は誤解されている" title="" /></p>

<p>議論の前に「起業家」を定義しておきます。</p>

<p>個人事業と会社の「創業者」を「起業家」と呼ぶことにします。</p>

<p>本稿における「起業家」の例：</p>

<ul>
<li>「将来の大企業」を目指して起業したベンチャー・スタートアップ企業の創業者</li>
<li>個人でiPhoneアプリを開発・販売して、雇われずに生計を立てている開発者</li>
<li>有料メルマガや著書印税により、雇われずに生計を立てているブロガー</li>
<li>数名で受託開発しているシステム開発会社の創業者</li>
<li>コンビニのフランチャイズ・オーナー</li>
<li>ラーメン屋の創業者・店主</li>
</ul>

<p>ただし実質的な被雇用者（雇われている人）を除くことにします。毎月安定した報酬が得られる契約社員のような働き方の人は、本稿での議論が当てはまらないかもしれません。</p>

<h2>不可避な起業</h2>

<p>起業家はなぜ起業するのでしょうか。起業は統計的には割に合いません。ほとんどが失敗するわけですから。</p>

<p>赤字が続き、事業に失敗して廃業に至るプロセスとしては、</p>

<ul>
<li>自分の給料はゼロにしてなんとか従業員への給料は払う。</li>
<li>マイホームを手放して資金繰りにあてる（会社の財産と社長の財産は同一）。</li>
<li>銀行の融資限度を超えて金策に困り、クレジットカードのキャッシングも最大まで使い切り、しまいには消費者金融で借りた金を会社の運転資金にあてる。</li>
</ul>

<p>といった行為に及ぶ場合があり、結果として傷が深くなります。事業の失敗によって「身ぐるみはがされる」ような事態に陥るのです。会社を潰したら翌月には違う事業を、などというわけにはいきません。</p>

<p>ここまで転落してしまう理由としては、従業員と違って社長は辞められないということがあります。</p>

<p>そのように不器用にしか生きられない人種が起業家なのです。一念発起して起業するというよりも、「もはや起業という選択肢しかない」と思い詰めて起業する人がいます。</p>

<p>起業という選択の〈実存的不可避性〉（その人がその人である限りそうせざるを得ないということ）を理解してください。</p>

<p>多くのアーティストが「そのようにしか生きられない」ように、多くの起業家も「そのようにしか生きられない」のです。</p>

<h2>例外</h2>

<p>もちろん「せざるを得ない」のではなくスマートに起業する人もいます。そのうえ成功する人もいます。あらゆる議論に例外があるように、本稿にも例外があります。当然ながら「強者」の起業家もいます。しかし例外がいても本稿の価値は損なわれないはずです。</p>

<p>日本に中小企業は430万社あるそうです（<a href="http://www.meti.go.jp/information/recruit/keizai/chuushoukigyou/01.htm">中小企業庁</a>）。個人事業主を入れれば「社長」はもっと多い。そのすべてが「起業家」ではないにしても、数百万人の「起業家」がいるのは間違いない。その大半が「弱者」だと思います。</p>

<p>事業にはリスクがあり、「かならず上手くいく起業術」など存在しません。起業の大半は失敗しうる。無謀な起業です。そして失敗すれば転落する。</p>

<p>「弱者」とでも呼ぶべき危うい立場にいる数百万人の「起業家」の存在を知ってもらうために本稿は書かれました。いや、「起業家」という言葉に含まれる人々の多様さに気づいてもらうため、と言うこともできます。</p>

<h2>新産業を生み出す起業家の待望論</h2>

<p>「経済の成長エンジンはイノベーションだ」「日本には起業家が足りない」「起業家を増やそう」という議論には問題があります。</p>

<p>一部のエリートベンチャー起業家だけ見ていないでしょうか。成功者だけ見ていないでしょうか。ビジネスエリートのキャリアの延長に起業があると思ってないでしょうか。それを前提に「チャレンジが大事」だの「失敗は自己責任」だの論じてないでしょうか。</p>

<p>大半の「起業家」はリバタリアンでもネオリベでもマッチョでもエリートでもない、どこか欠落して「ふつう」に生きることができずに起業せざるをえなかった、弱い人々だったりします。</p>

<p>起業する人の多くが、能力も、経験も、心構えもないままに独立起業します。そして孤独に社会と対峙するハメになっている。これはつらいことです。</p>

<p>起業家を社会の一員として認めて、共生を模索するなら、もっと社会的な応援や支援が必要だと思います。（もちろん現時点でも政府・自治体の起業支援制度はありますが...）</p>

<p>一つ指摘しておくと、失業手当などの「雇用のセイフティネット」と、再就職しやすくなる「労働流動性の向上」は、起業家のためになる政策です。社会でマクロに見れば、起業の大半が失敗するわけですから。</p>

<p>そういった「弱者たる起業家」へのまなざし、包摂、制度が無い社会のままで、「次の成長産業を生み出してくれるマッチョでエリートな起業家」を待望し、その育成を論じるような議論は、歪（いびつ）だと思います。</p>

<p>起業はほとんど失敗するという前提で、起業に関する制度を考えてください。たしかに起業は経済にとって必要かもしれませんが、1人が成功するために失敗した99人の起業家は<em>使い捨て</em>ですか？</p>

<p>※言うまでもなく「起業家は弱者だから特別に救済すべき」などという意味ではありません。前述のセイフティネットは、弱い立場にいる（起業家でない）労働者にとっても必要なものです。起業家を優先すべきだなどということではないのです。「起業を促進するならセイフティネットが必要だ」という主張は、起業家を労働者より優先していることにはなりません。</p>

<h2>若き起業家の悩み</h2>

<p>「上場」は起業家に希望を抱かせる「物語」です。</p>

<p>でも、その「物語」をもはや信じていない若い起業家が増えてきました。ベンチャーキャピタルなどが投資したいと思っても、起業家が「べつに上場しませんから」と言う。こんなコミュニケーションギャップが生まれています。</p>

<p>多くの若い人は、会社に勤めるとしても、一生ひとつの会社、ひとつの事業にコミットすることが難しいと思っている。起業家なら、それが「自分の会社」「自分の事業」に置き換わります。これが若い起業家の実存的な悩みです。</p>

<p>それを理解せずに「自分の事業に腹を括れ」と言っても、括れるはずがない。実存的な悩みを正面から受け止め、どう応えるか。ベンチャー投資家にも大変な時代です。日本のベンチャー投資は「起業家に腹を括らせる」ことを前提に成り立っていますから。</p>

<p>もはや「一大産業を生み出す起業家の登場を待望」するような時代ではなくなってきています。そのような古き良き時代の夢を見るより、むしろ小さな起業が無数に起こるフリーエージェント化、ノマド化の進行を肯定したほうがよいのではないでしょうか。</p>

<h2>起業家研究</h2>

<p>もっと「起業家」の研究が進んでほしいと思います。</p>

<p>人類学者は「起業家の起業という選択の実存的不可避性」をアカデミックな題材として「発見」するかもしれません。起業家という「人種」の生態を観察し、記述し、理解して欲しいと思います。起業家版『悲しき熱帯』が書かれるかもしれません。</p>

<p>社会学者は「起業家」を成育環境・性格・経済環境などから多面的に分析した上で「起業家の社会的包摂」という問題を設定できるかもしれません。不器用にしか生きられない起業家という人々が、社会の一員として共生していくための政治的議論に向けて、学問的な貢献をして頂きたいと思います。</p>

<h2>個性とは傷である</h2>

<p>橋本治「いま私たちが考えるべきこと」：</p>

<blockquote>
  <p>「個性とは傷である」 個性を伸ばす教育と言う人の多くは、個性というものを誤解している。個性とはそもそも哀しいもので、そんなにいいものではないのである。........</p>
  
  <p>一般性をマスターしたその上に開花する個性などという、都合のいいものはない。個性とは一般性の先で破綻するという形でしか訪れないーそういうものだからしかたない。個性を獲得するは「破綻」と「破綻からの修復作業」なのである。</p>
</blockquote>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4101054150?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41Rm1yTeslL._SL160_.jpg" alt="いま私たちが考えるべきこと" title="" /></a></p>

<h2>個性とは苦しみである</h2>

<p><a href="http://harvardmedblog.blog90.fc2.com/blog-entry-315.html">個性とは苦しみである</a>：</p>

<blockquote>
  <p>「個性のもと」とは、一般性からは逸脱しドロップアウトしたところにあり、「役にたつ」とか「創造的」とは全く正反対の性質を含蓄する「破綻」なのです。さらに「破綻からの修復」という作業だって、その作業の最中にはそれが本当に「修復」なのか、逆にさらなる「破壊」なのかさえ本人には確信が持てません。そのうちほんの一部だけがたまたま他人や社会のニーズに合致しすることがあるのですが、そうなってやっとその作業が「破綻からの修復＝個性」であったと事後承認されるのです。ですから言葉の定義上「使えない個性」というのはないのです。</p>
</blockquote>

<h2>著者について</h2>

<p>2000年に私が「東京のウェブ業界人」になってから10年以上が経ちました。様々な起業家に出会ってきました。そのなかにはベンチャー起業家もいれば、のんびり個人事業主をしている人もいます。2006年からはGMO Venture Partnersというベンチャー投資会社の社外協力者になり、多くのベンチャー起業家と出会ってきました。私自身も起業家です。</p>

<h2>リンク</h2>

<ul>
<li><a href="http://zerobase.jp/people/ishibashi/post_41.html">進化の本質／個性の本質</a> 2009年2月28日</li>
<li><a href="http://zerobase.jp/people/ishibashi/post_66.html">メモ：ベンチャーと中小企業の違い</a> 2010年3月15日</li>
<li><a href="http://togetter.com/li/18605">起業家というマイノリティの発見、理解、包摂へ向けて</a> 2010年5月4日</li>
<li><a href="http://togetter.com/li/18010">起業の〈大きな物語〉が信じられない時代の起業・働き方</a> 2010年5月2日</li>
</ul>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062810530?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1" target="_blank" title="成功者の告白 (講談社プラスアルファ文庫)"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41CBMSAK4JL._SL160_.jpg" width="111" height="160" alt="成功者の告白 (講談社プラスアルファ文庫)" /></a></p>
]]>
        

    </content>
</entry>

<entry>
    <title>日本のかたち</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://zerobase.jp/blog/2011/12/post_103.html" />
    <id>tag:zerobase.jp,2011:/blog//3.1268</id>

    <published>2011-12-15T11:09:00Z</published>
    <updated>2012-01-08T18:01:34Z</updated>

    <summary>日本のかたちを集めた写真集です。考えずに、感じてください。ただ、収録されている短い論文は読んでおいたほうがいいです。</summary>
    <author>
        <name>石橋秀仁</name>
        <uri>http://zerobase.jp/ishibashi/</uri>
    </author>
    
    <category term="デザイン" label="デザイン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="文化" label="文化" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="日本" label="日本" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://zerobase.jp/blog/">
        <![CDATA[<p>概要：日本のかたちを集めた写真集です。考えずに、感じてください。ただ、収録されている短い論文は読んでおいたほうがいいです。</p>]]>
        <![CDATA[<p>キーワード：日本, デザイン, 文化, かたち, 形態</p>]]>
        <![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4756241573?tag=hidetoi-22&amp;linkCode=as1"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31Z-jWbDfYL.jpg" alt="日本のかたち" title="" /></a></p>

<blockquote>
  <p>暮らしの中から長い年月をかけて磨き抜かれ、研ぎ澄まされて今日に受け継がれてきた日本人の自然感、美意識の結晶を約600点の映像で展開する日本のかたちの集大成です。好評だった99年刊「Katachi」に英文を加えた日本語/英語版を、お求めやすい価格とサイズでリニューアル。</p>
</blockquote>

<p><img src="http://zerobase.jp/blog/2011/12/15/Katachi%20by%20PIE.jpg" alt="日本のかたち(Katachi)" title="" /></p>

<h2>論文</h2>

<p>短い論文が日英2言語で収録されています。英語のほうが論理的でわかりやすいです（あたりまえか）。</p>

<ul>
<li>Japanese forms are gentle and susceptible to change, and have a fragility that evaporates into the atmosphere.</li>
<li>The gentle, transitive nature inherent in all forms-including that of the nation itself-contains the force that is Japan.</li>
</ul>

<h3>論文の要約</h3>

<ul>
<li>神聖なるものを映し出すべき神鏡が錆びている。歪んだ像を見せる。「神聖なるもの」が元の<em>かたち</em>をとどめることがない。</li>
<li>楷書、行書、草書から平仮名へ至る漢字書体の変化は、神鏡のようだ。漢字が論理的なのに対し、仮名は情緒的で、日本人の言葉にふさわしい。日本にふさわしい<em>かたち</em>に変わった。</li>
<li>日本の<em>かたち</em>は、とどまらず、うつろい、消えてゆく。君が代で謳われる「巌」は、しかし苔むす「変わり得る巌」であって、国体すら変わり得るのだ。その柔軟さこそ日本の<em>かたち</em>なのだ。</li>
</ul>

<h2>関連書</h2>

<ul>
<li>原研哉『日本のデザイン』</li>
<li>松岡正剛『フラジャイル』</li>
<li>Sori Yanagi and Yanagi Design Institute, "Yanagi Design"</li>
<li>山本七平『「空気」の研究』</li>
</ul>

<p>と共鳴してます。</p>
]]>
        

    </content>
</entry>

<entry>
    <title>暴走するアルゴリズム、ウィーナーの危惧</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://zerobase.jp/blog/2011/11/post_101.html" />
    <id>tag:zerobase.jp,2011:/blog//3.1266</id>

    <published>2011-11-20T11:01:23Z</published>
    <updated>2011-11-22T12:07:58Z</updated>

    <summary>金融の世界ではマシン同士の取引が「暴走」した事例が知られています。今後、多くの分野でマシン間通信が導入されていきますが、同様のリスクをはらんでいると言えます。これは単にリスクの量的な問題であるだけでなく、統治の問題としても考えるべきではないかと思います。</summary>
    <author>
        <name>石橋秀仁</name>
        <uri>http://zerobase.jp/ishibashi/</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://zerobase.jp/blog/">
        <![CDATA[<p>概要：金融の世界ではマシン同士の取引が「暴走」した事例が知られています。今後、多くの分野でマシン間通信が導入されていきますが、同様のリスクをはらんでいると言えます。これは単にリスクの量的な問題であるだけでなく、統治の問題としても考えるべきではないかと思います。</p>]]>
        <![CDATA[<p>キーワード：ウィーナー, サイバネティックス, フィードバック, アルゴリズム</p>]]>
        <![CDATA[<p>Wired日本版に「暴走するアルゴリズム」というシリーズがありました。</p>

<blockquote>
<p>アルゴリズムはあまりにわれわれの金融システムに浸透しているので、もはや市場はそれなしには機能しなくなってしまっている。（...）</p>
<p>だが最悪の場合、それは不可解でコントロール不能のフィードバックのループとなる。これらのアルゴリズムは、ひとつひとつは容易にコントロールできるものなのだが、ひとたび互いに作用し合うようになると、予測不能な振る舞いを─売買を誘導するためのシステムを破壊しかねないようなコンピューターの対話を引き起こしかねないのだ。（...）</p>
<p>今日ではこれらの唐突な下落は日常茶飯事であり、その原因を特定することはしばしば不可能だ。だが多くの観測筋は、責めを負うべきは強力で超高速のトレーディングアルゴリズムだと考えている。単純なプログラムが相互に作用し合い、人間の頭脳では理解できず予測不能な市場を作り上げてしまう、と。</p>
<p>好むと好まざるとにかかわらず、いまや支配権を握るのはコンピューターなのだ。</p>
<p><cite><a href="http://wired.jp/2011/07/11/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%80%81%E6%9A%B4%E8%B5%B0%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0_1/">ウォール・ストリート、暴走するアルゴリズム(1/5) « WIRED.jp 世界最強の「テクノ」ジャーナリズム</a></cite></p>
</blockquote>

<blockquote>
  <p>「金融市場はフィードバックによって高度に自動化された適応的力学システムになってしまった」と言うのは、ウォール街のさまざまな会社のためにアルゴリズムを作成したペンシルベニア大学コンピューターサイエンス学科教授のマイケル・カーンズだ。「私の知る限り、その潜在的な関係性を理解できるような科学は存在しない」。</p>

  <p><cite><a href="http://wired.jp/2011/07/15/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%80%81%E6%9A%B4%E8%B5%B0%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0_5/">ウォール・ストリート、暴走するアルゴリズム(5/5) « WIRED.jp 世界最強の「テクノ」ジャーナリズム</a></cite></p>
</blockquote>

<p>この問題を一段階抽象化したレイヤーで考えると、<em>マシン同士が「対話」することで物事を自動処理するネットワーク・システムが、全体としては予測不可能な複雑系として「暴走」するリスク</em>についてどう考えるか、ということです。</p>

<p>スマート・グリッド、スマート・カー、インテリジェント・ホームといったユビキタス・コンピューティングは「マシン間通信」を大規模に導入する方向で進化していきます。ウォール・ストリートにおける「フラッシュクラッシュ（瞬間暴落）」のような「暴走」のリスクについて、あらかじめ考えておきたいところです。</p>

<p>端的に言えば「人間の排除」によって実現される効率化を是としつつも、それと不可分にシステムにもたらされるカオス的なふるまいをどう考えるか、ということになるでしょう。</p>

<p>「マシンに処理できない『複雑性の縮減』が人間なら可能であり、人間が介在することでシステムをより安定させることができる」という考え方はもちろん有力です。しかし、そうとも言い切れないのが悩ましいところです。マシンがなくてもバブルは起きます。マシンと人間のどちらがより「複雑」で「カオス」的に振る舞うか、と議論しても仕方ないようにも思えます。どちらも「複雑」で「カオス」的な振る舞いを見せるのです。</p>

<p>むしろ「いずれにせよコントロールできないカオス的な暴走は起こる」ことを前提にしたときに、「それを引き起こすのがマシンの場合と、人間の場合とで、どちらがいいか」「どちらなら引き受けられるか」といった考え方もあるのではないでしょうか。</p>

<p>私なら原因を追及できるシステムのほうを好ましく思います。最悪の「暴走」が起きたときに、よくわからない「ネットワーク・システム」の仕業であるよりも、特定可能な「人間」の仕業である方がまだ納得できます。民主主義的な統治のシステムのなかで処理できるという意味でも納得できます。</p>

<p>〔例えば「証人喚問」といったかたちで。それが単なる政治的パフォーマンスであったとしても。民主制はそういう「建前」の集まりによって成立している面があります。シニカルではなくプラグマティックな意味で、私は社会を成立させている「建前」にもそれなりの価値があると考えています〕</p>

<p>とはいえ、マシン間通信を推進していく限りは「複雑系」にならざるを得ないので、そうそう「特定可能性」を担保し続けることはできないでしょう。非常に難しい問題です...</p>

<p>最後に余談ですが、「暴走するアルゴリズム」を読んだときに、私は「まさにウィーナーの危惧が現実になっている...」と思いました。</p>

<p>ウィーナーが1940年代に興した「サイバネティックス」という学問は、簡単に言えば「自動制御」(automation)についての学問です。その当時の画期的なアイデアが「フィードバック」(feedback)でした。「暴走するアルゴリズム」のなかに「フィードバック」という言葉が何度も登場しますね。</p>

<p>個人的な話をさせて頂きますと、私は学生時代にメカトロニクス（電子工学で機械を自動制御する、まさにサイバネティックス直系の子孫）を学んでいました。ウィーナーはある意味で身近な学者でもあります。</p>

<p>ウィーナーは次のように書いています：</p>

<blockquote>
  <p>このようにして新しい科学、サイバネティックスに貢献したわれわれは、控えめにいっても道徳的にはあまり愉快でない立場にある。</p>
  <p>この新しい領域の研究によって人類と社会の理解を深めることができるという善い成果が挙がり、その方が、危険よりもずっと大きいという希望をもつ人々もいる。私は1947年にこの本を書いているが、そういう希望は根拠薄弱であると言わねばならない。</p>

  <p><cite><a href="http://booklog.jp/users/zerobase/archives/400339481X">サイバネティックス――動物と機械における制御と通信</a></cite></p>
</blockquote>

<p>今年（2011年）岩波文庫収録にあたり大澤真幸氏による解説も掲載されました。私にとってはいま読んでもずしりと重い本です。</p>

<ul class="amazonbooks">
<li><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC-%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%8D%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E2%80%95%E2%80%95%E5%8B%95%E7%89%A9%E3%81%A8%E6%A9%9F%E6%A2%B0%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%88%B6%E5%BE%A1%E3%81%A8%E9%80%9A%E4%BF%A1-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC/dp/400339481X%3FSubscriptionId%3D0PZ7TM66EXQCXFVTMTR2%26tag%3Dadriaantijsse-20%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D400339481X"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51DWuN12dfL._SL160_.jpg" /></a></li>
</ul>
<div class="posttagsblock"><a href="http://technorati.com/tag/%E7%B5%8C%E6%B8%88" rel="tag">経済</a></div>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>「フリーランス社員」のプラットフォームとしての企業制度設計</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://zerobase.jp/blog/2011/11/post_100.html" />
    <id>tag:zerobase.jp,2011:/blog//3.1265</id>

    <published>2011-11-17T07:31:06Z</published>
    <updated>2011-12-13T18:20:15Z</updated>

    <summary>ゼロベース株式会社のユニークな制度について説明します。「フリーランス的な自立したプロフェッショナルにとって働きやすいプラットフォーム」というコンセプトで設計されています。</summary>
    <author>
        <name>石橋秀仁</name>
        <uri>http://zerobase.jp/ishibashi/</uri>
    </author>
    
    <category term="zerobase" label="ZEROBASE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="国家" label="国家" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="社会" label="社会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="自由主義" label="自由主義" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://zerobase.jp/blog/">
        <![CDATA[<p>概要：ゼロベース株式会社のユニークな制度について説明します。「フリーランス的な自立したプロフェッショナルにとって働きやすいプラットフォーム」というコンセプトで設計されています。</p>]]>
        <![CDATA[<p>キーワード：ゼロベース, 個人独立採算制, 制度</p>]]>
        <![CDATA[<p>ゼロベース株式会社の制度は「フリーランス的な自立したプロフェッショナルにとって働きやすいプラットフォーム」というコンセプトで設計されています。その説明のために『<a href="http://zerobase.jp/blog/2010/01/post_76.html">自立したプロフェッショナルのための自由な企業の制度</a>』（初版は2010年1月）という記事を大幅に加筆して更新しました。内心「多くのサービス業（プロフェッショナル・サービス・ファーム）で利用可能な制度なのでは」と思っていますが、各方面のご意見を頂きたいと思います。</p>

<p>目次：</p>
<ul>
<li>独立採算制</li>
<li>社外取引・社内取引</li>
<li>ワークスタイル</li>
<li>個人主義的な社風</li>
<li>本部費（共通固定費）</li>
<li>「税制」「財政」「小さな政府」という「国家」のメタファ</li>
<li>モデルケース
  <ul>
    <li>個人採算表（年間）</li>
    <li>給与明細と手取り（差引支給額）</li>
  </ul>
</li>
<li>透明性と公平性</li>
<li>自律と自由</li>
</ul>

<p>全文は『<a href="http://zerobase.jp/blog/2010/01/post_76.html">自立したプロフェッショナルのための自由な企業の制度</a>』で。</p>

<ul class="amazonbooks">
<li><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A2%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B33%EF%BC%8E0-%E6%8C%81%E7%B6%9A%E3%81%99%E3%82%8B%E3%80%8C%E3%82%84%E3%82%8B%E6%B0%97%EF%BC%81%E3%80%8D%E3%82%92%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%AB%E5%BC%95%E3%81%8D%E5%87%BA%E3%81%99%E3%81%8B-%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%AF/dp/4062144492%3FSubscriptionId%3D0PZ7TM66EXQCXFVTMTR2%26tag%3Dhidetoi-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4062144492"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/412tzq2vpML.jpg" alt="&quot;モチベーション3．0　持続する「やる気！」をいかに引き出すか&quot; (ダニエル・ピンク)" /></a></li><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A2%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B33%EF%BC%8E0-%E6%8C%81%E7%B6%9A%E3%81%99%E3%82%8B%E3%80%8C%E3%82%84%E3%82%8B%E6%B0%97%EF%BC%81%E3%80%8D%E3%82%92%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%AB%E5%BC%95%E3%81%8D%E5%87%BA%E3%81%99%E3%81%8B-%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%AF/dp/4062144492%3FSubscriptionId%3D0PZ7TM66EXQCXFVTMTR2%26tag%3Dhidetoi-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4062144492">
</a><li><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A2%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B33%EF%BC%8E0-%E6%8C%81%E7%B6%9A%E3%81%99%E3%82%8B%E3%80%8C%E3%82%84%E3%82%8B%E6%B0%97%EF%BC%81%E3%80%8D%E3%82%92%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%AB%E5%BC%95%E3%81%8D%E5%87%BA%E3%81%99%E3%81%8B-%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%AF/dp/4062144492%3FSubscriptionId%3D0PZ7TM66EXQCXFVTMTR2%26tag%3Dhidetoi-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4062144492"></a><a href="http://www.amazon.co.jp/%E7%B5%8C%E5%96%B6%E3%81%AE%E6%9C%AA%E6%9D%A5-%E3%82%B2%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%83%BC-%E3%83%8F%E3%83%A1%E3%83%AB/dp/4532313805%3FSubscriptionId%3D0PZ7TM66EXQCXFVTMTR2%26tag%3Dhidetoi-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4532313805"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41geKR4KkgL.jpg" alt="&quot;経営の未来&quot; (ゲイリー ハメル)" /></a></li><a href="http://www.amazon.co.jp/%E7%B5%8C%E5%96%B6%E3%81%AE%E6%9C%AA%E6%9D%A5-%E3%82%B2%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%83%BC-%E3%83%8F%E3%83%A1%E3%83%AB/dp/4532313805%3FSubscriptionId%3D0PZ7TM66EXQCXFVTMTR2%26tag%3Dhidetoi-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4532313805">
</a><li><a href="http://www.amazon.co.jp/%E7%B5%8C%E5%96%B6%E3%81%AE%E6%9C%AA%E6%9D%A5-%E3%82%B2%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%83%BC-%E3%83%8F%E3%83%A1%E3%83%AB/dp/4532313805%3FSubscriptionId%3D0PZ7TM66EXQCXFVTMTR2%26tag%3Dhidetoi-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4532313805"></a><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%95%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF-Harvard-business-school-press/dp/4270000368%3FSubscriptionId%3D0PZ7TM66EXQCXFVTMTR2%26tag%3Dhidetoi-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4270000368"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/518S68VS3ZL.jpg" alt="&quot;フューチャー・オブ・ワーク (Harvard business school press)&quot; (トマス・W. マローン)" /></a></li><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%95%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF-Harvard-business-school-press/dp/4270000368%3FSubscriptionId%3D0PZ7TM66EXQCXFVTMTR2%26tag%3Dhidetoi-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4270000368">
</a>
<li><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%93%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%A0%E2%80%95%E7%9F%A5%E8%AD%98%E5%89%B5%E9%80%A0%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%AE%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%82%B8%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88-%E3%83%87%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%89-%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/4492531335%3FSubscriptionId%3D0PZ7TM66EXQCXFVTMTR2%26tag%3Dhidetoi-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4492531335"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41NGS5R2MRL.jpg" alt="&quot;プロフェッショナル・サービス・ファーム―知識創造企業のマネジメント&quot; (デービッド マイスター)" /></a></li></ul>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>プログラミングする前に何をプログラムすればいいのかを知るための「手作業」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://zerobase.jp/blog/2011/10/post_99.html" />
    <id>tag:zerobase.jp,2011:/blog//3.1264</id>

    <published>2011-10-13T07:53:45Z</published>
    <updated>2011-10-13T08:04:21Z</updated>

    <summary>Fringe81の「コンバージョンパス分析のやり方」は、新しいシステム（とくにアルゴリズム）の有効な設計手法を実践している好例です。</summary>
    <author>
        <name>石橋秀仁</name>
        <uri>http://zerobase.jp/ishibashi/</uri>
    </author>
    
    <category term="システム" label="システム" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="開発" label="開発" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://zerobase.jp/blog/">
        <![CDATA[<p>概要：Fringe81の「コンバージョンパス分析のやり方」は、新しいシステム（とくにアルゴリズム）の有効な設計手法を実践している好例です。</p>]]>
        <![CDATA[<p>キーワード：システム化, 手作業, 人力, 業務</p>]]>
        <![CDATA[<p><a href="http://zerobase.jp/blog/2009/02/post_36.html">システム力に勝る「人間力」</a>の好例です：</p>

<blockquote>
<div><img src="http://zerobase.jp/blog/images/WS000051.jpg" width="400" height="299" alt="WS000051.jpeg" /></div>
<p>このデータは、エクセルにすると約５万行あった、サーバの生ログを、クリーニングして、さらに「ああ、このコンバージョンパスはAだな～、Cだな～」と１０００万ブラウザ分、目で全部判断して作成しました。１８時間くらいかかりました。苦労話をしたいわけではなく（笑）、どんなシステム開発するにも、まずは手で実際にやってみて、価値があるかどうかをやってみると、見えてくるものがあるのです。こちらのCVパス自動類型化については、実際私が手でやった作業手順を整理して、ロジックを書いて、現在実際にエンジニアが開発に入っています。</p>
<p><cite><a href="http://www.fringe81.com/blog/?p=930">コンバージョンパス分析のやり方と解説 | Fringe81 blog</a></cite></p>
</blockquote>]]>
        
    </content>
</entry>

</feed>
