ヤラセの経済学
08-07-03
posted by
石橋秀仁
1.「声」を捏造するのは作文するだけの手間ですむ。しかし、ここまで手間をかけて、中身をヤラセにするだろうか?
反論:ここまで手間をかけたからこそ、企業として不利な「声」ばかり出てくると困るので、ヤラセで良い結果にもっていった、という可能性も。この場合は、広告主ではなく、この企画を出した人(広告代理店や制作会社)にヤラセの動機があり、むしろ広告主の知らないところ(アンケート回収後の操作)で実行される恐れがあります。
2.かならずしも良い回答だけではなく、不満の声も出ている。結果を信用してもよいのではないか。
反論:もちろん、全員が大満足なんてありえないわけだからこそ、それっぽい結果を捏造した可能性も。
3.企業がこういう「調査結果発表」を捏造することのリスクは大きい。明るみに出る可能性(確率)がどれほど低いとはいえ、合理的な期待値(確率と影響の積)を考えると、マイナスになるのでは? 「確率」ではなく「期待値」で考えれば、合理的な行動にはならない場合が多いでしょう。どんなに確率が低くても、それが起こったときのインパクトが大きすぎます。
反論:合理的な判断をする人間ばかりでもなければ、人間がいつも合理的に判断できるわけでもない。アンケート結果が悪いものだったときに、担当者はギョッとして理性を失い、そのままヤラセへ暴走するかもしれない。いわゆる出来心。
これらの対立する議論を総合判断したうで、私は「合理的に考えれば、ヤラセやねつ造は非合理的なので、経済合理性から考えて、その確率は低い」と思いますが、いかがでしょうか?
※そもそも計算ではなく倫理の問題だと思いますが、あくまで損得だけで考えたとしても非合理的だと主張するための記事でした。繰り返しになりますが、非合理的でもそういう行動をする人間はいるものですので、「ヤラセは絶対にない」などと主張しているわけではありません。








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