進化の本質/個性の本質
09-02-28
posted by
石橋秀仁
橋本治「いま私たちが考えるべきこと」
「個性とは傷である」 個性を伸ばす教育と言う人の多くは、個性というものを誤解している。個性とはそもそも哀しいもので、そんなにいいものではないのである。........
一般性をマスターしたその上に開花する個性などという、都合のいいものはない。個性とは一般性の先で破綻するという形でしか訪れないーそういうものだからしかたない。個性を獲得するは「破綻」と「破綻からの修復作業」なのである。
ドーキンス「利己的な遺伝子」 2 自己複製子「個性のもと」とは、一般性からは逸脱しドロップアウトしたところにあり、「役にたつ」とか「創造的」とは全く正反対の性質を含蓄する「破綻」なのです。さらに「破綻からの修復」という作業だって、その作業の最中にはそれが本当に「修復」なのか、逆にさらなる「破壊」なのかさえ本人には確信が持てません。そのうちほんの一部だけがたまたま他人や社会のニーズに合致しすることがあるのですが、そうなってやっとその作業が「破綻からの修復=個性」であったと事後承認されるのです。ですから言葉の定義上「使えない個性」というのはないのです。
村上龍『ヒュウガ・ウイルス』われわれは自分が進化の産物であるために、進化をばくぜんと「よいもの」であると考えがちだが、実際に進化したいと「望む」ものはないというのが、その答えである。進化とは、自己複製子(そして今日では遺伝子)がその防止にあらゆる努力をかたむけているにもかかわらず、いやおうなしにおこってしまうというたぐいのものなのである。ジャック・モノーはハーバート・スペンサー講演でこの点をみごとに指摘したが、その前に皮肉たっぷりにこういった。「進化論のもう一つのふしぎな点は、だれもがそれを理解していると思っていることです!」
ハイエクとインターネットDNAはかなり安定的で、RNAへの転写にもほとんどミスがなく、たまにミスがあっても修復する機能まで持っている、DNAが不変のものだったら生物は変異しない、突然変異は、ほとんどの場合それが起こる種にマイナスに働く、DNAが放射線や紫外線などで損傷を受けた場合、遺伝子が染色体上でジャンプしてしまった場合、いずれも重い障害となって現れ生物を衰弱させる、ただ生き残る上で何らかのメリットがあるという数少ない例外がある、海の中では大型の魚に補食されてしまう小さな魚たちが陸地に近い干潟に逃げ込んでいる状況を想像してみよう、長い長い年月の間にえら呼吸から肺呼吸へと遺伝子が変異した個体が現れる、その個体数の多い種が地上へと進出することができた、海の中でそんな変異が起これば生きていけないが、海にいては危険な種にとっては好都合だった、進化というのはたかだかそういうものだ、海にいて常に危険を感じていた種が突然変異の助けを結果的に借りて陸に上がり陸上脊椎動物の祖となった、海で何の危険もなかった大型魚の代表シーラカンスは二億年前と同じ姿で泳いでいる
自由の意味は、無知な人々が最大の選択肢をもち、いろいろな可能性を試すことができることにある。このようにオプションを広げることによって効率が高まることが多いが、それは目的ではない(社会に目的なんかありえない)。こうした試行錯誤による進化の結果、生き残るのは、環境に適応した個体であって、絶対的な基準でみると「最適」な個体とは限らない。危機感とサバイバル(雑誌「エンジニアtype」インタビュー) (ZEROBASE BLOG)
現実は過酷です。我々は、たった4人の小さな会社で、親会社も有力者の後ろ盾もありません。我々は経済という荒海に頼りなく浮かぶ小舟のようなもので、舵取りを誤った瞬間にすべてが終わります。危機感だけが、舵取りの緊張感を持続させてくれます。つまり、我々は危機感を失った瞬間に消えて無くなる、危機感は生存の要件です。








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