最終更新日
3月20日

「教育費をタダにせよ」という主張の具体的な中身は?

 

posted by
石橋秀仁

「教育費をタダにせよ」への疑問。

抽象的な議論です。制度設計を具体的に示して頂きたいものです。さもなくば、下記のような想定で私は反対します。

私立・公立いずれもタダなら、公立校に行く理由は無くなります。高い教育レベルで、校舎もキレイで、あらゆる面で公立校よりも優れている私立校への入学希望者が増えますね。従来の問題は学費ですが、それがタダになるのですから。

私立校には生徒一人当たりの学費を青天井に設定するインセンティブがあります。豪華で無駄な教育によって税金が非効率に使われるでしょう。その学費は全額政府が負担します。

私立校は多くの生徒を受け入れれば収入が増えますから、長期的には定員など設けないでしょう。校舎を増設して対応すればよい。これも学費に転嫁され、結局は政府が負担します。

こういう政府の負担は、結局は納税者の負担です。

なにより問題なのは、こういう制度にすることで、新たに莫大な無駄が生じることです。単に使われる税金が増えるだけではない。その中身が非効率になる。なぜなら、無駄遣いするインセンティブがあるのですから、モラル・ハザードが生じるのは間違いない。

医者が不要な薬を処方するでしょう、あれと同じ。チェックすればいい? まさに、いまのレセプトチェック業務と同じような無駄が生じます。チェックのコストなどかける必要がない。最初から「不正の生じない仕組み」を考えればいいのです。

なお、公立校だけをタダにするとしたら、それは学校間の競争を破壊します。まったく競争力が無いのに無料の公立校のせいで、どんなに努力しても有料の私立校は生徒をほとんど獲得できなくなる。わずかな名門私立校しか残らず、あとは倒産するでしょう。結果として教育の準国有化が実現されます。努力するインセンティブのない公務員が教育を牛耳る。やる気のない教師の被害者は生徒です。

このように論証すると、まったくダメな議論です。もちろん具体的な考えもあるのでしょうから、それを示して反論して頂きたいのですが、上述のように解釈できる抽象論で終わってしまった著者は文句を言えないでしょう。最初から具体的な政策提言を書いておけばよかった。

結局、こういった議論も「専門家は素人にルールを押しつけたがる」の一形態といえます。税金とは、人々から「金を何に使うか選ぶ自由」を奪う、押しつけなのですから。

私自身は具体的な制度設計の中身があれば賛成できます。例えば「公営学校の廃止」とセットの「教育バウチャー制」には賛成です。学校を民営化して浮いた運営費を毎年の教育バウチャーにあてればいいから、新たな財源は要らない。教育関係のあらゆる規制を緩和・撤廃して、学校・教師を市場で競争させる前提です。教育ベンチャーの新規参入も増えて、イノベーションによる質的向上と、コスト削減が同時に進むと期待します。市場競争を歪めず助成金を出す仕組みとしてバウチャーは有効です。そのうえで、市場競争を最大限に促進するため、あらゆる規制を撤廃していく(指導要領とか教科書とか学区とか)。

バウチャーの金額をどうするか、というのは政治的な問題です。極論、私は税金を使うこと自体に反対ですが、どうせ使うならフェアな仕組みとしてバウチャーを支持します。バウチャーの金額を尋ねられれば、本音はゼロがいいので、教育に多額の税金を投じるべきだと考える人々とは衝突します。これは政治的な問題であって、政治家に民意を託して解決するしかないでしょう。

最後にひとこと

具体的な制度設計という中身がある政策提言は、詳細に検討ができる。反論も受けやすい。抽象論は様々な解釈が可能であり、論破されにくい。政策提言に責任を持つなら、具体論に踏み込まないといけません。

誤解の無いように言うと、政策提言すべてが最初から具体論であるべきだとは言ってません。最初はビジョンを示す抽象論でも構わない。しかし、実現可能性を議論するなら具体論は避けて通れない。

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