最終更新日
4月22日

ウェブは自由を拡大し、権威を相対化する

 

posted by
石橋秀仁

私はウェブの可能性を信じます。ウェブは個人の自由を拡大し、権威を相対化します。すると、近代制度の一部は変革を迫られます。例えば著作権や選挙制度。権威や現行秩序を守りたい人はウェブを敵視するかもしれません。

私はウェブに与します。ウェブの進化を加速する一員になりたいと思います。

私の書き物には、そういうテーマのものが多いです。何を論じても同じような切り口なので、馬鹿の一つ覚えのように見えるかもしれません。大事なことを伝えるためには、一貫して繰り返さなければならないと思います。

ソーシャルメディアについての言説:

本記事の副題である「情報収集・発信の相対化」とは、「誰もがお互いにとっての発信者であり、お互いにとっての受信者である(情報収集・発信「主体」の相対化)」という意味と、「情報の収集が同時に発信であり、発信が同時に収集である(情報収集・発信「行為」の相対化)」という意味の、ダブル・ミーニングです。

ソーシャル・ウェブ時代においては、ソーシャル・フィルターを構築する個人のTwitterやTumblrは、情報収集ツールであると同時にソーシャル・メディアでもあります。情報収集が同時に発信でもあり、それを見る人(収集者)がまた同時に発信者でもある。そしてお互いに受発信する関係になる場合もある。情報の生産消費者(Prosumer)といってもいい。メディアのポストモダン化といっても言い過ぎではないでしょう。もはや情報の発信者と受信者は相対化されようとしている。


パターン、Wiki、XPについての言説:

アレグザンダーやハイエクの思想は、じつに「インターネット的」です。無数の人々が自分にとって望ましい結果を目指して自由に活動することで、結果として 全体がうまく調和して機能するという思想(もちろんそこには秩序を保つ最低限の規則が必要だとして、それも彼らは研究しました)。その前提には無名の個々人への信頼(radical trust)がある。彼らが目指したのは、個々人の自由を最大化することで全体・系としての複雑性を克服しようとするアーキテクチャだったといえるでしょう。

膨れあがる複雑性に対して近代的(モダン)な方法で対処できなくなった分野において、アレグザンダーやハイエク、あるいはインターネットに学ぶことで、新たな活路を見いだすことができるかもしれません。この思想は普遍的です。多くの専門分野において、個々人(非専門家)への信頼に基礎を置き、「専門家」を解体し、専門家を人々の自由なコラボレーションを促進するファシリテータと再定義し、メタな設計(設計プロセスの設計)を通じてボトムアップのアーキテクチャから無名の質/自生的秩序が立ち現れるように促す。そのようなポストモダンな理論体系ーバージョン2.0ーを生み出すことができるはずです。



私は「同志」が欲しいです。一緒に仕事をしたいです。仕事を手伝ってくれる人でも、お客さんでも。発注者-受注者の関係も相対化できます。お客さんのために仕事をしながら、自分の理想に近づくとしたら、それは自分のために仕事をしていることでもあります。私が発注者の仕事を手伝うと同時に、発注者は私の仕事を「手伝って」くれています。

仕事をくれて「ありがとう」と感謝するのは、お金をくれてありがとうというだけでなく、むしろ「仕事をさせてくれてありがとう」ということです。世の中に貢献する機会をくれて「ありがとう」ということです。

補足:
誤解しないで欲しいのですが、ウェブと何かを、対立や闘争の構図で捉えたいわけではありません。ただ、ウェブが進化する過程で、自然と解体される既存秩序はあるでしょう。あえて壊そうとしなくても、壊れてしまうような。それが望ましい事かどうかは、個別に論じる必要があるでしょう。



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コメント

「同志」と言うにはレベルが違いすぎますが、私もウェブの可能性を信じているという意味では100%同意します。ささやかでもお手伝いできることがあればなんでもやりますので、お声かけくださればうれしいと思っています。

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