World IA Day Fukuoka 2024を開催
World IA Day
本年も情報アーキテクチャ(IA)のグローバル・イベントであるWorld IA Day (WIAD)を開催しました。World IA Day は2012年に始まったIAのグローバル・イベントです。今年は3月2日に、世界中の数十の都市で同じテーマを共有しつつ、レクチャーやワークショップなどが開催されました。
情報アーキテクチャとは「情報を分かりやすくする技術」や「理解のデザイン」をあつかう専門分野のことです。主にIT分野で情報アーキテクチャの設計が実践されていますが、多くの人が情報を扱う仕事をしているという意味では、意外と身近でもあります。
今回のテーマは「コンテキスト」でした。公式サイトより(和訳):
コンテキストは私たちの周りにあります。あらゆる種類のコミュニケーションに意味を与えます。コンテキストがなければ、効果的にコミュニケーションを取ることはできません。コンテキストがなければ、意味を理解することができません。コンテキストは、人々や状況、アイデアを理解するための基礎です。コンテキストは、集団や個人の感情、思考、信念を鼓舞します。それは、人々が情報に基づいた意思決定をするための背景情報です。
World IA Day Fukuoka
ゼロベースでは、World IA Day の福岡支部 World IA Day Fukuoka の立ち上げに参画し、2020年から毎年このイベントを支援してきました。
なお、公式Twitterアカウントは @WIAD_Fukuoka、ローカル・ハッシュタグは #WIAD_Fukuoka です。イベント当日のツイートを見ることができます。
ここからは、イベントの内容を具体的に紹介していきます。
オープニング・トーク:石橋秀仁「コンテキスト入門および機関誌の話」
まずはゼロベース代表の石橋が「コンテキスト入門および機関誌の話」と題してトークしました。IA分野の名著とされるアンドリュー・ヒントン著『アンダスタンディング・コンテキスト』(2014)の概要を紹介したのち、自身の実践例を語ったトークの内容は以下の通りです。
『アンダスタンディング・コンテキスト』の冒頭には、一見なんの変哲もない風景写真が登場します(下図)。著者はこれもまた「情報環境」である、という意外な主張を始めます。
[Derbyshire Landscape by Jonathan Gill – Wikimedia Commons]
なぜデジタル情報環境について書かれた本の冒頭で、この写真を「情報環境」だと示す必要があるのでしょうか。デジタル情報環境の分析やデザインには、「ヒトが環境というものをどのように理解するのか」についての知識が不可欠です。ここで考えるべき「環境」には自然環境も含まれます、いやむしろ、自然環境こそ重要だといえます。なぜなら「人類はスマホ片手に進化してきたわけではないから」です。
ヒトは環境に含まれる情報をどのように理解するのか。その仕組みは長い進化の過程で形作られてきました。今日のデジタル情報環境においても、ヒトは同じ仕組みで物事を理解しています。したがって、まずは「自然環境もまた情報環境である」という見地からヒトの認知や理解の枠組みを再考しなければなりません。そののちに近代的な都市空間やデジタル・ディスプレイをも含めた「情報環境」について考察していくことが有意義だというわけです。
このような導入部を経て、「コンテキスト」という捉えにくい概念についての議論へと進みます。ヒントンはWorld IA Day 2024に向けたブログエントリで、コンテキストの「実用的な定義」を紹介しています。哲学的な難問に深入りせず、大雑把でも「役に立つ定義」を試みようという態度です。それは次のようなものです:
コンテキストとは、エージェントがおかれた環境内の要素間の関係性についてのエージェントの理解である。
これはコンテキストという概念についての「一般的な理解」が何重にも間違っていることを踏まえたものになっています(詳しくは実際のトークをご覧ください)。
また、ヒントンはジェームズ・ギブソンの生態心理学やアフォーダンス理論を参照しつつ、「身体化された認知のモデル」を示します(下図)。コンテキストにおける身体的・物理的な要素の重要性を強調するためです。
[Hinton, Andrew. Understanding Context: Environment, Language, and Information Architecture (English Edition) (p.45). O’Reilly Media. ]
ここまでで情報、コンテキスト、認知や理解の仕組みについては一段落し、石橋自身の体験談である機関誌『ゼロベース』の制作エピソードへと移ります。この機関誌には「クラフトとシステムの衝突 三百年史」と題されたダイアグラムが掲載されています。その制作にあたり、身体的コンテキスト(身体性)の重要性を再認識したということでした。
ポストイットや大きなホワイトボードといったフィジカル(物理的・身体的)な道具を用いることで、100冊以上の本から学んだことをギュッとひとつのダイアグラムに落とし込むことができた、制作の初手からPCの画面上で作業していたら、これほど膨大な情報をうまく扱うことはできなかった、といいます。
ライトニング・トーク
ライトニング・トークにはモリケイタさんが登壇されました。長崎出身で九州にゆかりのあるモリさんですが、高校時代には演劇をされており、大学でも演劇系の学部に進学されました。大学中退後は書店で働かれたのち、IT系の業界に関わるようになったとのことです。そんなモリさんからは、「演劇」についてトークして頂きました。
話題の中心は平田オリザ著『わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か』(2012)という本です。副題からも分かる通りコミュニケーションについての本であり、どのように相手を理解するのかについて書かれています。平田オリザは演劇の脚本・演出家であり、現代口語演劇理論の提唱者であり、日常会話口調の演劇を広めた人物です。今回は高校生向けワークショップの事例などを通じて、コンテキストについて話して頂きました。
アンカンファレンス
アンカンファレンスとは、イベント参加者自身がテーマを出し合い、選択されたテーマについて自分たちで話し合い、参加者全員で作り上げるカンファレンスのことを指します。各自が「話したいテーマ」を付箋に書いて、互いに投票しました。結果として、
- 「皆さんが泥臭くやっていることは?」
- 「課題を解決しつくしたらみんなが仕事しなくて良い世の中は来るのだろうか?」
- 「相手に理解してもらうための情報整理はむずかしい。逆もしかり、文章だけ渡されても理解できない」
- 「フィジカル(身体)の回帰について戻していくべきでは?」」
というテーマに決まりました(採択されなかったテーマもそれぞれ興味深いものでした)。
アンカンファレンスは予定の終了時刻を超過しつつ大いに盛り上がりました。
おわりに
今年のイベントも無事に終了することができました。参加者やボランティアスタッフの皆様のご協力に感謝申し上げます。なお、イベント後には軽食などが振る舞われ、参加者との交流会が開催されました。ゼロベースではこのような教育・社会貢献活動に積極的に取り組みたいと考えているため、今後も開催を予定しています。今後ともぜひ足をお運びいただけますと幸いです。
チーム
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石橋秀仁
代表取締役/情報アーキテクト情報建築家。人間中心デザインとアジャイルウェブ開発の実践者。国立高専でサイバネティクスや制御工学を学んだのち、ウェブサービス開発者、エンジニアとして独立。2004年にゼロベースを創業。2005年には日本最大のAjax(インタラクティブウェブ技術)コミュニティを主宰し、UI技術に関する情報を発信。2020年までGMO VenturePartnersのデザインフェローとしてスタートアップのサービスデザインを支援。国際イベントWorld IA Dayの地域開催オーガナイズ、ウィキペディアの「ユーザーエクスペリエンス」記事執筆、海外専門書の監訳など、情報アーキテクチャ(IA)の普及啓蒙に務めている。2021年に福岡にUターン移住。モットーは「思想を実装する」。アート・コレクター。 -
浦川大志
ウェブディレクター/アーティスト九州産業大学 芸術学部を卒業したのち、福博綜合印刷株式会社で2021年までウェブディレクターとして勤務し、サイトのデザイン・設計、ECサイトなどの運用業務に従事する。2022年からゼロベースに参画し、ウェブサイト制作や展覧会企画などの業務に従事。画家としても活動しており、インターネットやSNSの普及がもたらした新世代の情報流通のありようを反映し、デジタル的な質感を伴った風景画を制作。横浜市美術館など、国内外の美術館での展示や長谷川白紙などミュージシャンへのアートワーク提供を行なっており、2018年「VOCA展2018」にて大原美術館賞受賞。作品は福岡市美術館、熊本現代美術館、大原美術館に収蔵されている。